明日へ馳せる思い出のカケラ
 ゆっくりと話がしたい。それは君の本心なんだろう。
 もちろん俺だってそれに応えたい気持ちはある。今すぐにでも君と話したい。
 正直な所、やっぱり俺はいまだに君を想い続けているんだね。

 だけど俺は君の電話番号を消してしまったから。君のアドレスも消去してしまったから。だからもう二度と、君に連絡する事は出来ないんだ――――。いや、それは違うか。それは単に自分自身に嘘を付いているだけなんだろうね。

 だって記憶の片隅には、まだ君の電話番号が刻み込まれているはずなんだ。
 変な例えだけどさ、自転車の乗り方と同じで忘れようにも体が覚えているんだよ。

 でもやっぱり今はまだ無理なんだ。君と向き合えるだけの準備が整っていないんだよね。君と対等に語り合うだけの俺を取り戻せてはいなんだ。
 だからまずは自分の自信を取り戻す為に、東京マラソンの完走を目標として誓ったんだ。
 きっとその目標を成し遂げたならば、君に伝えられる。そう心が感じているから。

 約束を守れず、君を裏切ってしまった事に頭を下げたい。
 耐え難い苦痛を科してしまった過ちを謝りたい。
 正直に言えず終いだった感謝の言葉を伝えたい。
 そしてもう心配しなくても大丈夫だって姿を見てもらいたい。

 そんな信念が俺を強く前に駆り立てて行く。
 そしてあっという間に月日は流れて行ったんだ。

 もう本番は数日後に迫っている。それに伴ってか、気持ちは熱く高鳴るばかりだ。まるで完走する自信に満ち溢れているかの様にね。
 調整が上手くいっているからなのか、早く本番を走りたくて我慢できない。
 でもどうしてこんなにも心が高鳴ってしまうんだろうか。

 それにはちょっとした理由があったんだ。
 自分が変わり始めている。ううん、かつての輝いていた頃の俺に戻りつつある。それを実感出来ていたんだよ。
 だからこんなんにも気持ちが熱く滾ってしまうんだろうね。

 暴行を受けた明くる日。そう、俺が再び走り始めたあの朝。ジョギング途中で偶然すれ違った通学途中の二人組の女子高生。
 そんな二人から先日声を掛けられたんだ。

「頑張って下さい」って。

 驚いた。いや、はじめは何を言われたのか理解出来なかったんだ。
 だって当初彼女達が俺に向けた眼差しは、それは厳しいものだったからね。
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