明日へ馳せる思い出のカケラ
 だからそれ以来、俺の方もバツが悪くて、あえて彼女達を気にしないよう心掛けて走っていたんだよ。
 でも先日彼女達が俺に掛けてくれた声は、そんな冷えた視線とはまったく別な温かいものに感じられたんだ。
 都合の良い勝手な主観なのかもしれないけどさ、彼女達は本心から俺の事を応援してくれている。そう思えて仕方なかったんだ。

 きっと彼女達は通学途中で毎日俺が走っている姿を見ていたんだろう。
 そして日増しに逞しく成長していく俺に何かを感じてくれたんだろう。
 だから彼女達は笑顔で元気な声を掛けてくれたんだ。決して冷やかしなんかじゃない。心のこもった応援を送ってくれたんだよね。

 やっぱ俺って男は単純なんだね。
 彼女達からの些細な応援によって増々力が湧いたんだ。そしてそれが自信となり、俺の気持ちを良い意味で強く前向きにさせてくれたんだよね。

 三カ月にも満たない期間だったけど、死に物狂いで走り続けた。
 その成果もあってか、フルマラソンの完走は間違いなく達成出来るだろう。
 そう確信してしまうほどに、俺の体は仕上がっていたんだ。

 でもそれだけでいいのだろうか。
 目に見えて手が届く目標に意味があるんだろうか。

 単なる俺の思い上がりなのかも知れない。
 それまでの練習でハーフまでの距離しか走ったことの無い俺にしてみれば、いまだにフルマラソンの完走は未知の領域なんだからね。
 だけど俺はあえて目標を一段階引き上げたんだ。そう、ゴールするまでのタイムを新たな目標として自身に課したんだよね。

 3時間半以内でゴールすること。それが新たに掲げた俺の目標だ。
 恐らく体調さえこのまま維持出来たならば、決して不可能とは言えない絶妙な時間設定と言える。
 たぶん現実を見据えた俺の心が下した、未来に強く進む為のはじめの試練なんだろう。

 もう恐れる必要は何もないんだ。ただ全力を出し切りさえすればいい。
 そんな決意を胸に秘め、そしてついに俺はその日を迎えたんだ。

 果たして最後まで目標を諦めることなく走り切れるだろうか。
 東京マラソンのスタートラインに立った俺は、そんな不安に気分を煽られる。

 でも大丈夫。ここまで努力出来たじゃないか。

 俺は波立つ鼓動を感じながらも、それを上回る期待感に胸を膨らませながら、スタートの合図を今か今かと待ち侘びていた――。
< 146 / 173 >

この作品をシェア

pagetop