明日へ馳せる思い出のカケラ
 照れたというのが本心だろう。
 目標の存在と呼ぶには大袈裟過ぎるかもしれないけど、でも彼の事を同じ陸上選手としていつも意識してきたことは事実なんだ。

 そしてそんな彼から思い掛けなく声を掛けられた。それも彼は俺に向かってこう言ったんだ。

「今日のお前からは勝気を帯びた凄味を感じるよ。明日はなんかやってくれそうだな、期待してるぜ!」ってね。

 意味分かんね~よ。いい加減な事言って、俺をおだてて緊張を和らげようとでも気を遣ったつもりなのか。
 さすがはキャプテンだぜ。俺みたいな部の日蔭者に対してまでよく気が回るモンだ。

 君の手前、そう強がる様に吐き捨てた俺だけど、でもその時は背中がやけにムズ痒かったんだ。
 嬉しくて堪らなかったんだよ。いつもその背中しか見ることが出来なかった彼と、明日は肩を並べて走ることが出来る。
 いや、実際は追いてきぼりを喰うのは間違いないんだけど、でも同じスタートラインに立つ事が出来る。そんな発想に俺は鳥肌が立ちまくっていたんだ。

 それに彼が俺に告げた言葉には、嫌味はおろか人を小馬鹿にする素振りは受け取れなかった。
 共に同じレースに挑む仲間として、力の限りを尽くそうと奮励する。虚偽無しに彼は俺に対して心懸けてくれたんだ。そんな彼の男気に俺は悦びを抱かずにはいられなかったんだよね。

 まったく単純なヤローなんだよ、俺なんてさ。けどある意味そんな純粋さが、これ以上なく明日のレースに俺の気持ちを駆り立ててくれたんだよね。

 もう十分に会場の雰囲気は掴めた。あとは全力で本番に臨むだけだ。俺は両こぶしを強く握りしめながら己を鼓舞する。そして君に向けて力強く頷いて見せたんだ。

 明日、この応援席で君は俺に声援を送ってくれるだろう。恐らく俺に向けられる声援はそれだけのはずだ。でもそれだけで満足だよ。だって俺は君の為だけに走るんだからさ。

 俺の想いを受け取ってくれたのかどうかは定かではないけど、でも君は俺の頷きに対して軽くガッツポーズをして応えてくれた。
 そんな君の姿がとても可愛らしく思えて笑いそうになってしまったけど、でも勇気をもらったのも確かなんだ。

 俺は増々意味不明な高揚感に包まれていった。優勝でも出来るんじゃないか。そんな妄想を抱くほどにね。
 でも君がくれた勇気に、そしてキャプテンの彼が告げてくれた優しさに俺は熱く心を震わせたんだ。

 明日の俺はやれるんじゃないのか――。なんて、本気で錯覚してしまうほどにね。

 そして日は変わり、気が付けば決戦の時間が目前に迫っていたんだ。
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