明日へ馳せる思い出のカケラ
 たぶん彼が打ち上げ開始して間もないのにビールをガブ飲みしたのは、俺にそれを告げる恥ずかしさを紛らわせる行為だったんだろう。
 でもその時俺は彼が何で握手を求めて来ているのか、よく理解出来ていなかった。あまりに想定外の発言に戸惑っていたんだよ。

 するとそれを感じ取った君が、俺の手を強引に持ち上げて彼と握手させたんだ。
 いがみ合う要因なんて初めから存在してやしない。些細な誤解がそこにあっただけなんだ。
 まるで君はそう告げているかの様だった。

 硬く手を握り合った俺と彼は照れ臭そうに笑みを漏らした。
 そしてそれを優しく見つめていた君は、俺に向かって早く返事しなさいって促したんだ。

「ゴ、ゴメン。俺の方こそ変に意地張っちゃってるとこあったろうから、みんなに誤解させたのかも知れない。
 それに感謝を伝えるべきなのは俺の方だよね。ラストの直線で、みんなが送ってくれた声援がすごく力になったんだ。最後まで全力で頑張れたのは、きっとみんなのお蔭だよ。本当にありがとう」

 自分でも驚くほど素直に口から出た言葉だった。
 誠意を持って向き合ってくれた彼に対し、俺の心が正直に本音を告げたんだろう。
 ただふと隣を見ると、君が大粒の涙を流して泣いていた。それがとても温かい嬉し涙なんだろうってことは直ぐに把握したけど、でもなんで君がそこまで涙を流すのだろうか。

 それが君の優しさなんだって事は十分理解はしていたけど、俺は声を出して笑ってしまった。
 だってそうでもしなければ、俺も泣いてしまいそうだったから。

 それから1次会の終わるまでの3時間は、とても充実したものだった。
 初めに彼が俺とのわだかまりを取り除いてくれたことで、その他の部員達も俺に対して変な抵抗を覚えなかったんだろう。

 冗談を踏まえつつも、好成績を刻んだ俺に向け温かい祝福の言葉が浴びせられる。
 もちろん当初考えていた打ち上げ参加への怯えるほどの拒否感は、いつしか見る影も無く消え失せていた。

 思いがけなく陸上部の仲間達と分かり合えた事に、俺の気分は舞い上がるほどに軽やかだった。
 でもさすがに試合当日であった為か、1次会終了時には体に極度の疲れを感じる様になっていた。
 必要のない気苦労を感じていたため、余計にここに来て疲労感が表面化して来たんだろう。

 2次会への抵抗感は無かったけど、でも俺はそれを断った。
 初めて共有した仲間達との時間をもっと楽しみたかったけど、酔いのせいもあってか体が限界を迎えていたんだ。

 口惜しむ部員達に別れを告げて、俺は君と一緒に最寄りの駅に向かい歩み出した。
 足元が覚束ないのは疲れの影響なのだろうか、それとも酒に酔ったせいなのだろうか。でも心地良い気分に身をゆだねているみたいで悪い感じはしなかった。
< 53 / 173 >

この作品をシェア

pagetop