明日へ馳せる思い出のカケラ
 繋いだ君の右手を俺のジャージの左ポケットに仕舞い、肩を寄せ合って進む。
 今晩は満月なのか――。見上げた夜空には真ん丸に輝いた月が浮かび、優しい光で輝いていた。

 そうだ。今日の大会でこんなにも頑張れたのは、他ならない君が心から応援してくれたからなんだよね。
 そう思った俺は、少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、君に感謝の気持ちを伝えようと改まった。

 でもその時、淡い月の光に照らされた君の表情がとても綺麗なものに見えて、伝えたい気持ちが声にならなかったんだ。
 すると君は何を思ったのだろう。俺の顔を見て軽く微笑むと、一言だけ小さく告げたんだよね。

「打ち上げに来て良かったね」ってさ。

 本当にその通りだ。十分に彼らとは分かり合えた。
 きっと明日からは今までとまったく違った生活が待っているんだろう。でもそのきっかけを作ってくれたのは、やっぱり君なんだよね。

 部の仲間達が俺を快く受け入れてくれたのは、今日の結果があったからに他ならない。
 もちろん些細な誤解を解く方法は他にあったかもしれないし、時間が経てば自然に打ち解けあえたのかも知れない。
 けど俺の頑張った姿にみんなが少なからず感動してくれたのは事実なんだ。
 そしてそれだけの頑張りが出来たのは、偽り無く君の為に走ろうと誓ったからなんだよね。

「ありがとう」

 彼に対してはあれほど自然に告げられたその一言が、どうして君に言えなかったんだろう。
 なれ合った彼氏と彼女という関係が、僅かに気持ちを希薄なものに変えさせてしまったとでもいうのだろうか。いや、そうじゃない。
 馴染めなかった部員達と心を通わせられた事で、俺の気持ちは完全に酔いしれてしまったんだ。だから君の気持ちをおざなりにしてしまったんだ。
 そして俺はその後に続けた君の言葉の心意を、まったく理解する事が出来なかった。

「一つだけお願いがあるの」

 君は精一杯の決意でそれを俺に告げたはず。でも俺はそれを軽く聞き流すだけで、深く考えようとはしなかったんだ。

「入院している彼女のお見舞いには、決して一人で行かないでね」

 こんな時に何を言ってんだよ。たった一度しかまともに話していない彼女の所へ、俺一人でなんて行くわけないじゃないか。
 人見知りの性格は君なら十分過ぎるほど分かってくれているはずなのに、どうして今更そんな事を俺に願うんだよ。

 結局のところ、俺は自分の事しか考えていなかったんだろう。
 感謝を込めた君への優しい気持ちが溢れて来るのは確かなのに、それは一方通行になるだけで【君からの想い】には耳を傾けなかったんだ。

 自分勝手に想いを馳せる俺は、君の未来に俺の居場所はあるのか、共に並んで未来に進めるのか、そんな独りよがりな心配だけを胸に抱いていたんだよね。
 救い様の無いバカだよ。俺って奴はさ。だってその希薄な気持ちが、のちに取り返しのつかない裏切り行為にへと及んでしまうんだからね――。
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