明日へ馳せる思い出のカケラ
 就職が決まった安心感もそこに上乗せされてしまったんだろう。
 俺はそれまで見せたことがないほどの高揚ぶりで遊び続けたんだ。君の存在を忘れるほどにね。

 でもその本質は違ったんだ。
 君に会いに行くことが怖かったから、君に連絡する事が気恥ずかしくて耐えられなかったから、だから俺は君のことをあえて考えないよう努め、無理に全力で遊んでいたんだよ。

 あの日以降、君は陸上部に一切顔を出さなくなっていた。
 もちろんその理由はあえて言う必要はないだろう。俺に会いたくない。それ以外の何ものでもないんだから。

 ただそれでも君についての便りは友人達より耳にしていた。
 どこか意気消沈する素振りが見えるものの、大学には通い続けているってね。

 それを聞いた俺は根拠のない安堵感を覚えて胸を撫で下ろしたんだ。
 さほど大きな大学ではないけど、学部が違う俺と君は待ち合わせでもしない限り顔を会わせる機会は無い。
 だから君は普段と変わらずに大学の講義に足を向けている。そして講義を受けてるってことは、俺との仲違いを引きずっていない表れなんだ。
 俺はそう自分自身に納得させていたんだよ。

 失恋した女子学生が家に引きこもり、学校に顔を出せなくなってしまう。
 そんな噂を耳にした事がある俺だけに、君が大学に通学しているって情報を聞いただけで、俺は安心しきってしまったんだ。

 あの日の出来事を君はそれほど気にしてないんじゃないか。
 君はよく気が付く人だから、俺が冷静さを失っていたのを理解してくれているんじゃないか。

 俺はそんな都合の良い身勝手な考えばかりを思い浮かべていたんだよ。
 現実にはまったくの逆だったっていうのにさ。

 表面上では必死に耐え忍んでいたんだろうけど、でも君は落ち着いてなんかいられなかった。
 それどころか、気が狂ってしまうほどに深く悩み続けていたんだ。

 あの日に俺が吐き捨てた言葉を真正面から受け止めた君は、それを自分自身の過ちだと捉えてしまったから。

 君に落ち度はまるで無い。
 それなのに君は俺や彼女を追い詰めてしまった責任と悲しみを背負い、その苦痛に苛まれていたんだ。

 まるで自分一人が全て悪かったんだと、罪の報いを受けるかの様にね。

 正直な気持ち、君だって大学になんか行きたくなかっただろう。いや、むしろ苦痛で仕方なかっただろう。
 それでも君は怯まずに大学へと足を運んだんだ。

 俺はその理由をずっと後になってから知る事になる。
 でもその時の俺は、見当違いもはなはだしいほどに、君の気持ちを履き違えていたんだ。
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