明日へ馳せる思い出のカケラ
第13話 裏路地の失墜
 彼女は急激に不調を来す。

 いや、でもそれは仕方のない事なんだろう。
 退院したとはいえ、彼女の体はまだ一般的な健康体までは回復しきっていないんだ。

 それなのに彼女は久しぶりに味わった楽しさに羽目を外してしまった。
 飲み慣れない酒に深く酔い、気分を害してしまったんだ。

 それまで赤々としていた彼女の表情が、みるみると青冷めていくのが分かる。
 そしてそんな彼女に俺は一声掛けたんだ。

「今日はもうこの辺で終わりにしたほうが良いんじゃないか? かなり顔色悪いぞ」ってね。

 それに対して彼女は意外にも素直に従った。

「つい調子に乗っちゃったみたい。気を遣わせちゃってゴメンね。私、先に帰るよ」

 楽しい雰囲気だっただけに、俺は彼女の反発を予想していた。
 少しくらい体調が悪くたって、強気な性格の彼女ならば現状の楽しさを優先するだろう。俺はそう思ったんだよ。

 でも彼女の返答は驚くほどに素直なものだった。
 恐らく彼女は自分でも体調の悪化を少しヤバいと感じたんだろう。
 スッと立ち上がったものの、彼女の足つきは誰の目から見ても不確かなものに映ったほどだからね。

 これ以上の無理をしたら、きっとみんなの迷惑になってしまう。
 きっと彼女はそう考えたんだ。だから断腸の思いで楽しさを我慢して、一人先に会場を後にしようと歩き出したんだ。

 でもその時の彼女の足取りはひどく弱々しくて、とても一人で歩ける状態じゃなかった。

 俺はそんな彼女を放っておくことが出来ず、そっと歩み寄って肩を支えたんだ。
 そして心配そうに彼女の姿を見つめる会場のみんなに向かって、少し大きめな声で言ったんだよ。

「彼女一人じゃ危ないからさ、タクシー捕まえるまで俺が付き添ってるよ」ってね。

 別にその行動事態にやましさなんて感じられないだろう。
 あえてみんなに聞こえる様に言ったし、それに体調不良の彼女を誰かが補助しなければいけないのは疑いようの無いものだったんだから。

 そして当然だけどみんなの視線からも、変に怪しむ感覚は受けとれなかった。
 それどころかキャプテンだった彼は、俺に気を回したほどなんだ。

「助かるよ。幹事の俺がここを離れるわけにはいかないから、彼女の事よろしく頼む」ってな具合にさ。

 俺はふらつく彼女を支えながら会場の外に出た。
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