明日へ馳せる思い出のカケラ
 正直彼女と二人きりになるのには抵抗を感じる。
 でもタクシーを捕まえて彼女を送り出せばそれで終わりなんだ。

 それにもうすぐ君が会場に到着する頃だろう。
 だから一刻も早く俺も戻らなければならない。俺にとっての今日のメインイベントはこれからなんだからね。

 ただ俺には彼女に一つだけ確かめたい事があったんだ。
 その為には少しだけでいいから彼女と二人になる時間が欲しかった。
 だから俺は進んで彼女を助ける役目を買ってでたんだよ。

 祝賀会会場はタクシーの走る大通りから少しだけ奥まった場所にある。
 だから必然的に人通りの少ない細い裏路地を歩み進まなければならない。

 それでも普通であれば1分と掛からない距離だろう。
 でも足元の覚束ない彼女の状態では、その数倍の時間を費やす必要があったんだ。

 そしてそんな時間の僅かな積み重ねが、俺に一つ気付かせたんだよね。
 密着する彼女から伝わった温もりによって。

 この季節は昼と夜の気温の差が激しい。
 その為なのだろうか、彼女が身に付けている衣服は少々薄着過ぎていたんだ。

 体調が悪い上に、この寒さでは余計に気分を崩してしまい兼ねない。
 だから俺は少し強引に自分の上着を彼女に羽織わせたんだよ。

 これ以上体調を悪化させたくない。
 それにきっと彼女の勝気な性格なら、普通に上着を渡すだけでは受け取らないだろう。そう考えた上での行為だったんだよね。

 ただここでも彼女は俺の予想に反した言葉を小さく発したんだ。

「ありがとう。あったかいね。なんだか気持ちが和らぐよ」

 クソっ。一体なんだって言うんだよ。
 今日の彼女は俺の知っている彼女とは明らかに違い過ぎる。

 彼女はこんなにも正直に感謝の言葉を口にする人だったろうか?
 もう少し勝気に強がってみせるのが彼女だったのではないのか?
 なぜに今日は弱さを素直に露わにしてしまうのだろうか?

 体調が優れないために弱気になってしまったのかも知れない。
 でも理解し得ない彼女の本当の気持ちを、それでも俺は知りたかった。
 だから彼女に確かめたかったんだ。俺や君の事を彼女が今どう思っているのかを。

 いや違う。もう俺や君に構わないでほしい。
 俺の本音はそう告げていたんだよ。だって祝賀会当初に感じていた嫌悪感の正体は、彼女の存在そのものだったんだから。
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