明日へ馳せる思い出のカケラ
 君と交わしたメールに写真、もちろん君の電話番号も消した。
 俺自身の携帯番号も変更したんだ。

 君からの連絡が来るかも知れない。
 そんな幻想から脱却する意味でね。

 その甲斐もあってか、今では故意に思い出そうとしても君の顔や声をはっきりとは思い出せない。

 薄情なモンだね。
 あれ程に君を近くに感じていたはずなのに、俺の記憶力なんてこの程度のものなんだからさ。

 けど悪夢に出てくる君の笑顔と泣き顔だけはしっかりしたものなんだよね。訳が分からないよ。

 それでも前に踏み出すっていうのはさ、こんな痛みを伴っていくモンなんだろうね。
 少なくともそう自分に言い聞かせなくちゃ、とても未来へ進む決意なんて抱けやしないんだしさ。

 でも学生の彼が言う様に、さすがにクリスマスイブのバイトっていうのは心に堪えるね。

 今夜の客層は明らかにカップルが多く、それらは皆例外なしに幸せそうに見えるんだ。
 今更ながら彼の嘆き節が胸に響いて来るよ。

 でもそんな中で、会社帰りのOLが一人買い物をしていたんだ。
 俺の位置からじゃ後ろ姿しか確認できないけど、でもそのたたずまいからして素敵な女性を想像してしまう。

 ただ俺はおでんの補充に気を取られてしまい、その後の彼女の行方を気に掛ける事はなかった。

 時間にしてその数分後だろう。
 先程のOLの彼女が選んだ商品を買い物かごに入れ終わり、それらを会計するためレジに赴いて来たんだよね。

 でも俺は満タンに補充したおでんに気を取られていて、彼女に対する注意を怠ってしまったんだ。
 それでも俺はレジ打ちしながら、何気なくそんな彼女が買い物した商品を観察してみた。

 缶ビール3本に小さ目めなチーズケーキが2つ。
 まったく、シケたモンだね。こんな所にも寂しいクリスマスを送る女性がいるもんだ。

 俺は直感としてそう思ったんだよね。
 だってこんな小さなケーキ2つ買ったところで、まさかこれから彼氏とイブを過ごすなんてイメージ出来ないんだからさ。

 ただそれらの商品に追加して彼女は俺に注文したんだ。

「チキンも2つ、お願いします」って。

 でもその瞬間、俺は呼吸するのを忘れてしまった。
 いや、一瞬だけど心臓が止まってしまったんだ。

 そう表現したほうが共感を得られるかも知れない。
 だって信じられるわけがないだろう。目の前にいる買い物客の彼女が、紛れもない【君】だったんだから。
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