翼をなくした天使達



「─────橋本さんっ!」

条件反射なのかその体がビクッと震える。私は膝をついてノートを拾い上げた。

「はい」と渡すと橋本さんの目からポロポロと涙が溢れた。


「マラソンの時はごめん」

気分の悪い橋本さんを置いていった事、最低だったと思う。それに私も見て見ぬふりをしていじめに加担してた。

謝っても今さらだって思われるかもしれないけど言わないよりはずっといい。

「ううん、平気だよ」

ウサギのように真っ赤な目はニコリと微笑む。
私はポケットからハンカチを出して橋本さんに差し出した。

「洗ってあるから綺麗だよ。使って」

「………ありがとう」

ハンカチを受けとる橋本さんの指先が私に触れる。

その瞬間、またザザザーと砂嵐のような感覚がやってきた。


───前から思ってたんだけどあかりってうざいよね。

あぁ、また同じだ。

いったい誰なの?

『あいつ昨日靴下のまま帰ってたよ。超ダサくない?』

『靴?学校のプールに捨てた』

誰、誰?

『こんなのゲームじゃん?告られただけでも喜べよ』

沙織?いや、声が違う。

『ってか同じ空気吸ってんのも嫌だ。消えてくれないかな?』

微笑む口元。心は目に見えないけど確かにあの時壊れる音がしたんだ。

負けたくない、でも頑張れない
逃げ出したい、でもどこに?

誰か助けて、味方はひとりもいない。

許さない。

私は絶対に許さないから──────。


「紺…野さん?」

橋本さんの声で私の砂嵐は消えた。

「ご、ごめん。はい、ハンカチ」

「洗って返すね。本当にありがとう」

前回より言葉も映像も鮮明だった。

私に記憶がないなんて嘘だって思ってたけど、
確かに私の知らない私がいる。

ここではない別のどこかで生きていた私。

それはだんだん近付いてる気がする。


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