映画みたいな恋をして

「ねえ、吾郎」
「・・・・・・・・」
「吾郎ってば!」
「・・・・・・・・・」


もうとっくに目覚めているはずなのに
私に背中を向けたままいっこうに返事をするつもりのない吾郎。
何を拗ねているのだろうか・・・? 
時計の針はもうすぐAM9時半を指す。
今日はショッピングに出かける約束をしていたはずなのに。


「いい加減、起きてよ。買い物に行くんじゃなかったの?」



新しいジャケットが欲しいから一緒に見に行ってと言ったのは吾郎のくせに。



「・・・・・・・・・・」



ベッドに寝転がったまま顔だけこちらへと向けた吾郎は、見るからに不機嫌そうだった。
私はベッド脇に膝をつき吾郎に顔を近づけた。




「どうしてそんな顔してるの?」
「わからへん?」
「わからないわ。教えて」



眼鏡のない吾郎の顔は別人のようだ。賢そうに見えるやろ?と言って
目が悪いわけでもないのに普段は眼鏡をかけている。いわゆる伊達眼鏡だ。
それが悪いとは言わないけれど、素顔はとても整った顔立ちだ。
伊達眼鏡なんて要らないのに・・・と思いながら
指先で吾郎の頬から顎のラインを辿り、薄く形の良い唇をなぞってみた。
不機嫌に堅い表情をしていても触れる私の指先を払いのけようとはしない。
こういう時は怒っているのではなくて拗ねているだけ。
それが解れば一先ず安心。
柔らかく少しだけ乾いた侑士の唇にそっと唇を寄せた。



「・・・遅いわ」
「え??」
「だから、お・そ・い!って言った」
「何が?」
「そういう仕草は昨夜して欲しかった」
「はぁあ?」



吾郎の真意がいまひとつ掴めず顔をしかめると、呆れたようにため息を落とした吾郎が
私を引き寄せてベッドへと引きずり込んだ。
さっき私が見下ろした彼の瞳は今度は艶を帯びて伏目がちに私を見下ろしている。
上掛けがはだけて、むき出しになった吾郎の肩と胸は
服を着ている時からは想像できないほど厚く鍛えらていて
男の強さと逞しさと色気を嫌と言うほど感じさせた。
これでまだ20歳だというのだから、この先どんなにか・・・と思うと
何だか落ち着かない気持ちになって、私は縋るように両腕を吾郎の首に回した。



「ん~~~ せやから、こういう事も!」
「何?なんなの??」
「映画のラストシーン、ボンドガールの誘惑」



昨夜も夢うつつに吾郎がそんな事を言っていたのを聞いた気がしないでもない。
私がそれを無視して先に眠ってしまったから拗ねていたわけか。
あの映画のラストはいつもジェームズ・ボンドとヒロインが抱き合う色っぽいシーンだ。
それをを真似てみたかった、というワケか・・・。やれやれ。
吾郎の不機嫌の原因は解ったけれど、今度は私がため息を落とす番。




「もう・・・まーた言ってる」
「ええやないか」
「あのさ、そういうのってちょっと・・恥ずかしくない?」
「俺と真奈しか居てへんのに、何が恥ずかしい?いつも もっと恥ずかしい事してるやろう?」
「それと一緒にしないの!」




バカ!と叫んで吾郎の首を引き寄せて鼻の頭を軽く噛むと
吾郎は「アイタタタ」と大げさに顔をしかめた後で、やけに楽しそうな声で言った。



「噛み癖かぁ?悪いコやなあ。ちゃんと躾をしなおさなあかんな」



言うや否や、吾郎は私の手首を掴み頭の上で押さえつけるように拘束すると
私の喉元に唇を落とし舌先でくすぐるように舐め始めた。




「や!・・・ダメだって!うははっ・・・や!うぎゃ~」




うなじや首筋なら心地よく感じるのに、この喉元だけは駄目なのだ。
手で触れるどころか手を軽く当てられただけでも 
くすぐったくて身を捩りたくなるほどの弱点だというのに
こんな風に愛撫されたら・・・もう本当に気が狂いそうになってしまう。
それを知っててやっている吾郎。この年でもうこんな風にオンナを扱うだなんて
この先 どれだけ性質の悪いオトコになっていくのだろうか。
そのプロセスを私はどこまで見ていられるのだろうか・・・
できるものなら ずっとずっと見ていたい。



「ご、ごろうっ・・・ギブ!ギブ~」
「ナンや?もう降参か?」
「降参!降参するから、もう止めて。お願い。」
「昨夜の続きをしてくれるなら、止めてやってもいい」
「えぇ~ それはちょっと・・・」
「もう一回 のたうち回りたいって?」
「いえ!もう十分。勘弁して、ホントに」



確かに先に寝てしまったのは悪かったと思うし
こんな禁じ手を使った姑息な手段を使ってまで、どうしてもしたいと言うのなら仕方ない。
ご期待に添うよう努力してみますか・・・



解ったわ、と呟いて侑士の髪に絡ませていた指をうなじへと滑らせ
もう一方の腕に力を込めて彼の身体を押し倒し体制を反転させた。




『・・・時間だって言うんでしょ?でもダメよ?まだ行かせないわ。ジェームズ』




うわ、なんて恥ずかしい。顔から火が出そう・・・と
内心で滝の様な汗をかきながらも、雰囲気たっぷりに囁いて
唇を軽く重ねた私に吾郎は満足そうに微笑みコクコクと頷いた。



『望む所だね。このまま時を止めてしまおう。邪魔がはいらないように』 



柄にもなく、標準語なんて使って言うものだから私は思わずアハハと吹き出した。




「何や真奈! 笑う所やない!」 
「だって標準語~」
「オマエ、知らんかったの?俺の特技は標準語なんやで?」




ちょっと拗ねた吾郎がまた反転して私をベッドへ組み敷いてくちづけた。
性急に深くなるくちづけは、笑った私を責めて咎めているかのように強引なのに、蕩けるように甘い。
私の身体をまさぐる掌の艶かしい動きと滑らかな感触に眩暈がしそうになる。
極上の味わいに陶酔していた私の意識が、鳴り出した携帯の音で現実へと引き戻された。




「出るな」



耳元で囁かれた低い艶声にゾクゾクした。
理性が吹っ飛んでしまいそうになるのを辛うじて堪えた私は
サイドテーブルへとのばした私の腕を捕らえそうになる吾郎を
「ダメよ」となだめて、身体を起こした。

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