それでも僕が憶えているから

「そういえば、この近くなんだよね? 蒼ちゃんが前に住んでたの」

「うん。すぐそこ」

「せっかく来たのに、友達に会わなくていいの?」

「いいよ。前もって連絡してないし……」


蒼ちゃんの返事がなんとなく間延びしてきたな、と思ったら、そのまま居眠りを始めてしまった。
今日は朝から動きっぱなしで、よっぽど疲れていたんだろう。

穏やかな寝息。すっかり脱力した体の右手首には、以前プレゼントしたブレスレットが光っている。

長いまつ毛に縁どられた瞼を見つめながら、わたしは考えた。

蒼ちゃんは本当にまだ、ホタルの存在に気づいていないんだろうか。

人格交代しているときは眠ったような状態とは言え、しょっちゅう記憶が飛んでいれば何かおかしいと感じるはずなのに。
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