それでも僕が憶えているから

とぼとぼと廊下を歩いていると、トイレから出てきた千歳に呼び止められた。


「真緒、どうしたの? 教科書なんか持って」


とっさに隠そうとしたけれど時すでに遅し。
教科書を素早く奪った千歳が「あーっ」と大きな声を出す。

まわりの生徒たちの注目を浴びて、わたしは焦りながら「しーっ」と人差し指を立てた。


「花江くんの教科書じゃん。なんで真緒が持ってんのよ」


声のボリュームは落としたものの、千歳の口調はほとんど尋問だ。
まあ、別に隠すことでもないか……と観念したわたしは、歯切れ悪く話し出す。


「ほら、こないだわたし、花江くんとぶつかったじゃん。そのときに教科書が入れ替わっちゃったらしくて。それで返しに行ったんだけど風邪で休みだったんだ」


話している途中から、ちょっと嫌な予感はしていた。
好奇心旺盛な千歳の瞳が、明らかに輝きを放ち始めていたから。
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