リリー・ソング
私は、海の底に居た。ずっと。
生きているのに、呼吸ができていないような気がした。
自分の呼吸を確認するために、歌をうたっていた。
古いレコードだけが私の友達だった。
そんなふうに生きていたと気がついたのは後になってからだ。深夜の手を取ってから。
『迎えに来たよ。』
今でもはっきり、覚えている。誰よりも優しく微笑んで、まっすぐに私だけを目がけて歩いてきた、深夜の顔を。
『百合。待たせてごめん。もう寂しくないよ。』
私は寂しかったのだ、と。
ああ、息ができる、と。
痩せた深夜の手におそるおそる手を伸ばして、その温度に涙が溢れた。
ああ、私は待っていたんだ。ずっとーー……
「リリーさん、起きてください。着きましたよ。」
「…え?」
ふっと意識が浮上した。
…寝てたんだ。いつの間に。
榎木さんが運転席から降りて、わざわざ後部座席のドアを開けて私の顔を覗き込んでいた。
「…泣いてるんですか? 大丈夫ですか?」
「…懐かしい夢見ちゃった。大丈夫。」
もうずっと思い出すことなんてなかったのに。変なの。
私は心配そうな榎木さんに笑って、車を降りた。
外はすっかり暗い。マンションのエントランスが夜空のふもとで明るく輝いて、私にはいつも宮殿みたいに見える。
「今日は僕も部屋まで行きますね。ちょっと深夜さんに話があるので。車駐車場に入れてくるので、先に言ってて下さい。」
僅かな間に私が外の空気を吸いたがるのを知っているので、榎木さんはそう言って運転席に戻った。