リリー・ソング
結局紺は眠ったままで、私はマンションの前で三枝さんに降ろしてもらった。
エントランスに入ろうとしたら、自動ドアの前に人影があった。
素通りすればよかったのに、つい足を止めて凝視してしまったことを後悔した。
深夜と秋穂さんが生け垣に座って、深いキスを交わしているところだった。
あれから3時間以上は経っているのに、帰ってくるのが早すぎたみたいだ。
「…部屋には入れてくれないの?」
秋穂さんが艶っぽくねだるように囁いた。
本当、入ればいいのに、と思う反面、冗談じゃない、という思いは、私の中に確かにある。
「無理だよ。いつも言ってるだろ?」
「リリーちゃんがいるから?」
ルールを決めたわけじゃないのに、深夜は私たちの家に誰も入れない。もちろん、私も。出入りしているのは榎木さんだけだ。
「リリー、リリー、リリー。そればっかり。」
可愛らしさを装った恨み節を、深夜はあくまでも優しくいなした。
「だけどわかってて僕と付き合ってるんだろ。」
「そうよ。私を好き?」
「好きだよ。」
別れてあげるべきだ、という榎木さんは正しい、と強く思った。深夜は残酷だ。
こんな空虚に響く「好き」なんか、私は絶対、自分の恋人から聞かされたくない。優しいだけで。
何も無い。
「ああ、おかえり。」
深夜が私を見つけて柔らかく微笑んだ。
「…ただいま。」
秋穂さんも遅れて私を見た。
数秒目が合った。泣きはらした目だった。
「…こんばんは、リリーちゃん。」
「…こんばんは。」
私を罵らない秋穂さんを凄いと思った。大人だった。それから深夜をとても好きだ。
「じゃあね、秋穂。」
そんな恋人からあっさり身体を離して、深夜は私とマンションに入ろうとする。
「おやすみ。」
秋穂さんが唇を噛んだ。
いいのよ、もっと居てあげて、と私は言えない。