リリー・ソング
ーー初めて入る映画の撮影スタジオは、巨大な倉庫のようだった。
ソファの置かれた白っぽい部屋のセットだけが明るいのに、そこは無人だった。私は海に浮かんだ箱舟を連想した。周りに広がる薄暗闇にばかり、人が居る。
「リリーさん入りまーす。」
スタッフさんたちの隙間から、白いシャツを着てカメラの脇に立っている紺が見えた。髪が真っ黒になって、透明感のある少年といった感じだ。
目の前の椅子に佐藤監督が座っていた。今日はキャップを被っている。
「何度も言わすな。」
監督が手を伸ばして紺の頭をはたいた。
「すみません。」
…紺はどうやら怒られていたみたいだった。
声をかけづらいけど、挨拶しなくちゃならない。
「...おはよう、ございます...」
「おう、来たか。」
監督がこっちを見て軽く片手を上げた。
私も白いシャツを着せられている。下はネイビーのプリーツスカート。要するに制服だ。
「とりあえず、リリー、ソファに座って。紺。」
「はい。」
「ちゃんとやれ。」
「はい。」
言われるままセットに向かう私を、紺が追いかけてきた。
並んでソファに座る。
「ちょっといちゃついてろ。適当にカメラ回すから。」
「適当って…」
私があっけにとられていると、紺が笑った。
「反応するとこ、そこ? いちゃつかないと、俺たち。」
と言われても、監督は立ち上がってスタッフさんと話し合っているし、リハーサルなのかどうかもよくわからない。
はあ、と紺が息をついた。
「信じられる? 俺、ずっと怒鳴られてんの。」
「…厳しい監督って、本当なんだ。」
「厳しい厳しい。もう嫌だ。帰りたい。」