リリー・ソング

なんてことを言ってしまったんだろう。

こんなに、ひたすらに美しくて…一点の曇りもなく、幸せな。
そんな想い出を、胸の奥からえぐり出させて。
こんなに憔悴させて。

こんな曲を作らせてしまうなんて。

「深夜…ねえ、深夜…!」

耐えきれずに私は泣き出してしまう。

「良い曲じゃない、こんなの誰にも作れない。何がいけないの? 私歌うよ、何も問題ないじゃない!」

泣きじゃくりながら言った。良い曲なんて、そんな言葉は安っぽい表現だった。だけど他に言いようもない。
それなのに、深夜は微かに首を振った。

「…違う…こうじゃない。これじゃない。リリーが言ってたのは…」

掠れた声でそう言って、深夜は力を振り絞るようにして痩せ細った腕を床について、起き上がった。

「こんなのは…こんなのは、ノスタルジーだ。…リリーは、そういうことを言ったんじゃないだろ。もっと…」

意識がはっきりしてきたみたいだった。
弱々しい呼吸を繰り返して、深夜は床についた手のひらにあった五線譜を、ぐしゃぐしゃに丸めた。

「もっと、前に、進む…そういう、曲を…」

そう。
いつまでも夜明けが来ないのは違うと、私が言った。
だけど。

「ううん、ありがとう、深夜。この曲、私大好きだよ。」

いくら私がそう言っても、深夜は、違うと首を振る。
俯いて、これは違う、と繰り返す。

違ったっていい。
ノスタルジーでもなんでもいい。
聴いてしまったら、これ以上に大切な曲なんて、世界の何処にも無い。

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