ばくだん凛ちゃん
そう。
何となく違和感があったんだ。

どこかで見た名前だな、とか。

お母さんの名前、どこで見たんだろう。

そう思って受付から回ってきた母子手帳を見ると、紺野で7月11日に産まれていた。
まだ僕がいた時だ。

紺野で会っているのかな。
でも7月はもうほとんど新生児には関わっていない。
午前の外来と担当していた入院患者しか携わっていなかった。



「先生、お久しぶりです」

女の子を抱いて入ってきたお母さんの顔を見て、思い出した。

もう1年半近く前の話だ。

出産したけれど、赤ちゃんが脳内出血を起こしていて緊急搬送されてきた。
結局は亡くなってしまって、こんな事になるなら最初から設備が整った紺野で産めば良かった、と言ったお母さんだ。

「紺野で1ヶ月健診の時に先生にお会いするかな、と思っていたんですがもう退職されたとお聞きして…」

その笑顔を見て思い出す。



泣いているのに必死で笑顔を見せて

『今度、子供が産まれたら、先生、次こそは色々診てくださいね!』

自分の子供が亡くなって辛いのに。
このお母さんは前を向かなければ、って自分に言い聞かせるようにそう言われたんだ。



「家に帰ってすぐに調べたらこちらの病院にいらっしゃるとわかって、初めての予防接種は絶対に先生にお願いしようと思って来ました」

…僕、そんなに大した事はしていないのに。
当たり前の事をしていただけなのに。
胸に押し寄せてくる震えを抑え、

「ありがとうございます」

出来るだけの笑顔を向けた。
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