ばくだん凛ちゃん
午後8時。
面会時間が終わる。

私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
高層階なので夜景が綺麗だ。
街路樹が少し色づき始めている。
少し前までは夏だったのにもう秋なんだ、と思う。

- コンコンコン -

面会時間は終わったのに。
看護師さん?それとも江坂先生かな?

「失礼します」

聞き覚えのある、優しくて甘い声。

「…面会時間、終わってるよ?」

ドアを開けて入って来た透は私を見て微笑んでいた。

「ちゃんと許可を取ってある」

透は鞄を折りたたみ椅子の上に置くとベッドで横になっている私のすぐそばまで来る。

「凛は?」

いつもなら連れてくるのに、いない。

「兄さんと桃子さんが預かってくれている」

色んな人に預かってもらって本当に申し訳ない。

「今日はハルの様子を見にどうしても病院へ来たかったから」

…透は予知能力でもあるのかと思う。
私もずっと来てほしいって思っていた。

「…目が腫れているけど」

そう言って透は私の頬を撫でた。



…ずっと昔からこの人はこうだった。
私の心の隙間に入ってくる。



「早く帰りたい」

その言葉を発するのが精いっぱい。
また涙が溢れる。

「うん、僕が悪いんだよ、本当にごめん」

透はベッドを起こして私を抱きしめた。
入院してから初めて、透の腕の中で抱きしめられた気がする。

「ハルの体調はまだ万全じゃなかったのに、僕が二人目を焦ったからこういう事になったんだ。
本当にごめん」

透の腕に力が入ったのがわかる。

「結果、凛とハルを離れ離れにしてしまった。
凛の今の時期は本当に一瞬で過ぎてしまうのに。
凛が一番母親を必要としている時期に僕が離してしまったようなものだ。
本当にごめん」

透の体温が私に伝わる。
少しだけ、私の心が落ち着きを取り戻すように胸が温かくなるのを感じた。

「多分、この1カ月以内には家に戻って来ることが出来ると思うよ」

私は慌てて顔を上げて透を見つめた。
穏やかに微笑んでいる透は続けた。

「家に帰っても安静にしないといけないから家事は出来ない。
勿論仕事もね。
家事は母さんが手伝ってくれるって。
けれど、凛と一緒にいることが出来るよ」

「…本当に?」

「うん、さっき江坂先生と話してきた」

私は透の背中に手を回してギュッと抱きしめた。
透も私をもう一度抱きしめてくれる。

「それまではごめん、我慢して」

透は私の唇にキスをした。
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