ばくだん凛ちゃん
翌日は天気も良く晴れていて絶好のレース日和。
もう目の前には冬が訪れようとしているのに、気温もそこそこで良いコンディションの最終戦を迎えようとしていた。

「…走りたかった?」

ST600のレースをぼんやりと見つめているむっちゃんにそう声を掛けた。
その横顔は僕の知っている友人二人を足して2で割ったような、どちらにも似ている。

「…そうですね。
結局、今年は1戦しか走ってませんから、なんだか消化不足です」

僕の顔を見て切なそうに笑うむっちゃん。
消化不良丸出しだよ。

「きっとこのままじゃ来年も走れないと思います。
こういう時、女性って損ですよね。
妊娠したら10カ月近くはまず無理できないし、産んでから体調や体力を元に戻すのも大変。
…あたし、本当にもう一度、この世界に戻ることが出来るのかなって思います」

僕は何度か頷いた。
それなりの結果も残していたから複雑なんだろうと思う。
男の僕は絶対に経験出来ないから安易に言葉でフォロー出来ない。

「まあ、でも走行するライダーだけじゃないですからね、レースは。
その周りにいるたくさんの人たちがいてからこそ、レースが出来るんですよね。
走れなくなっても、その分他の人を支えたら良いんです」

今年20歳のむっちゃんはいつの間にかうんと大人になっていた。
ずっと子供の時のイメージがあるからいつまでも子供だと思っていたのに。

本当のお父さんが生きていた時間よりもこの子は長く生き、そして次の世代へ命のバトンタッチを。

「そうだね。
むっちゃんがライダーとしてレースに出られなくてもむっちゃんにしか出来ない事って色々あるもんね」

僕の発言にむっちゃんは嬉しそうに頷いた。

「でも、無理しないで。
ハルみたいに入院する事になれば大変だよ。
…産むまでは慎重になってね」

「はーい!」

むっちゃんはそっとお腹に手を当てた。

時折目を閉じてマシンの音を聞き、幸せそうに微笑む。

まるでお腹の子供に聞かせているみたいだ。
< 133 / 140 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop