ばくだん凛ちゃん
育児相談はすんなりと終わった。

保護者欄の名前を見て、保健師さんは

「ああ、高石先生の…」

と呟くと当たり障りのない話をする。

さっきの騒動は検診に来た方にはほとんど伝わっていないけれど、スタッフにはまるで紺野総合の看護師さん並みの早さで伝わったみたい。

…腫れ物に触るような感じで何となく嫌だな。



【1階のロビーで待ってて】

文句をひたすら言われて疲れただけの4ヶ月検診が終わり、透からメールが入っていた。

という事は今日はこの後、病院に行かなくても良いのかなあ。

ロビーに行く前に授乳室に立ち寄った。

さっきまで人で溢れかえっていたフロアも静まり返るくらい、人が少ない。

検診のグループが一緒だった人が数人いた。

が、話し掛ける勇気もない。

黙って椅子に腰を掛けて凛に授乳し始めた。

大泣きした凛は眠そうにしながらも授乳となれば目をバッチリ開けた。

…将来、大食いになりそうな予感。



授乳が終わって1階のロビーに向かうとほとんど人はいなかった。

4ヶ月検診を終えたスタッフの人達も帰り始めている。

私は凛を抱っこ紐で抱いたまま長椅子に座った。

疲れたなあ…。
家に早く帰りたい。



エレベーターが開く音が聞こえて私はそちらを見る。
話し声が聞こえたかと思ったら透と若林先生が出てきた。

「ハル、お待たせ」

その声を聞いて、足の力が抜けそうになる。
ようやく私、ホッとしたみたい。

「お疲れ様でした」

若林先生が微笑みながら私に声を掛けてくださった。

「いえ、こちらこそありがとうございました」

私は若林先生に頭を下げた。

「では私はこれで」

と言って若林先生は足早に立ち去る。
この後、夕診があるんだろうな。

あ、透は…?

「今日は帰っていいって。
紺野も生駒も」

私の心の中を読んだのか、透はそう言った。

「凛、抱っこするよ」



…こんな夫が。
虐待する訳、ないじゃない。

あの先生の言葉を急に思い出した。

私は抱っこ紐を外して凛を渡す。

「凛、今日は大変だったねえ」

透は優しい笑顔を凛に見せる。

「今日はお父さんとお風呂に入ろう、ね?」

そんな言葉を聞きながら抱っこ紐を外して鞄に入れる。

ポロポロと涙が溢れた。

「ハルも一緒に入る?」

俯いている私の頭を透はわざとらしく思いっきり撫でる。

泣いているのを知っているはずなのに、何も言わない。

「さあ、帰るよ」

凛を片腕にしっかりと抱っこをして透は私の背中を擦る。

そして私の手を繋いでくれた。



…そんな事をしたら。
もっと好きになってしまうよ、私。
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