ばくだん凛ちゃん
私がお兄さんの奥さんならそんなこともなかったのかも。
院長の弟、しかも非常勤で病院に来る医師の妻。
無視されるのは当然かもしれない。

私は深くため息をついた。
その瞬間、胃から強烈なムカムカがやって来る。

「ハルー」

ドアがノックされたかと思うと透が事務室に入って来た。

「透、ごめん、凛を見ておいて」

私は慌てて立ち上がって靴を履く。

「ハル?」

透の眉間に皺が寄った。
お願いだから黙って私を行かせて。
じゃないとここが大惨事になるからね!!



事務室に戻ると透は凛を抱っこして壁にもたれて座っていた。
白衣の中に凛を入れて遊んでいる。

「…いつから?」

透の問いに私は聞き返す。

「何が?」

「吐き気。検査はした?」

透の心配そうな目が私を射抜く。

「まだ」

そう、と短く言った透は立ち上がって凛を私の腕に預けた。

「全ての診察が終わってから、検査をしよう」

透は少しだけ微笑むと私の額にキスをして出て行った。

…もう少し後で検査しようと思っていたのにな。
私はキスされた部分に手を当てた。
まだ、凛は5か月。
私は不安なんだよ、透。
凛もまだまだ手が掛かるのに更に妊娠とか。
透が普通のサラリーマンで定時上がりや少々の残業程度で帰って来る人ならまだ安心。
だけど、そうじゃないし。

急に私の胸不安が押し寄せた。
それと当時に凛が泣きだす。

「はいはい、どうしたの?凛…」

あやすつもりが私の目から大粒の涙が零れていた。



「うん、妊娠の可能性大、だね」

全ての診察が終わってから私は内科の診察室にいた。
向かいに座っているお兄さんが検査結果を見て微笑む。
隣には凛を抱っこしている透。

「前回の生理から考えると婦人科へ行くのは2週間後くらいでもいいかな、と思う。
今の時期は非常に不安定だからね。何が起こってもおかしくないから体調があまりにもおかしいと思ったらすぐに江坂先生を頼ってね」

お兄さんの言葉に頷く。
けれど…。

「ハル、どうしたの?」

愚図っている凛をゆらゆら揺らしながら俯いてしまった私を見た透が驚いている。

「…うん、何でもない」

と言いながら目から涙が溢れている。

「…本当に鈍感な弟でごめんなさいね」

お兄さんはきっと私の気持ちに気が付いている。
だから余計に泣ける。

「ええっ、ちょっと兄さん、どういう事?」

透の焦る声。
ますます泣ける。

「お前は医師なのにそういう気持ちもわからないわけ?
ちょっとは奥さん、労われよ!」

お兄さんは透の肩をガシッ、と掴んだ。

「うぎゃー!!」

更に凛が泣く。
私は慌てて顔を上げて涙を拭いて笑った。

「ええ?ハル、大丈夫なの?」

私は頷いて透から凛を渡してもらった。
凛はしばらくすると泣き止む。

「本当に、お母さんの事をよくわかっているよ、この子」

お兄さんは凛を見て優しく微笑んでいた。
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