ばくだん凛ちゃん
「私の…」

ハルは切なそうな目をして俯く。

「私の考え方が甘すぎたのかなあ」

自責の念を持ったような目をしたハルはじっと僕を見つめる。

「わかっていたはずなんだけどね。
透は本当に忙しい医師で家庭の事は私がしっかりしないといけないって」

それは僕も感じていた。
ハルが色々な事を背負い込んでいる事を。
ハルのお母さんが生きていれば少しは精神的に助けて貰えたかもしれない。
でも、ハルには。
本音を吐ける相手が近くにいない。
僕の両親がいくら同じ敷地内の家にいても、ハルの精神的な部分は助けられない。

「でも、甘かった。
凛は究極の寂しがりで私が少しでも離れると泣く。
透がいてくれる時はマシだけど、そんなの、一瞬。
最初よりはようやく凛の事を可愛いと思うようになってきたけれど4カ月健診や広場で見る周りのお母さん達の子供への接し方を見ると私は全然親らしくない」

凛の社会デビューが思わぬ方向へハルを追いやってしまったのか。
僕は気づかれないように小さくため息をついた。

「それでも自分は自分だと言い聞かせていたのに。
2人目なんて…私の気持ちは全然付いていかない」

「ごめん」

僕はそう言って下を向いた。
ハルの顔をまともに見ていられない。

「凛さえもまともに育てている感覚がないのに、次の子なんて私には無理かもしれない」

無理、か。
そうなんだ。

「じゃあ、止める?」

初夏なのにその場の空気が凍りついた気がした。

自分でも言いたくなかった言葉。
僕自身は子供を望んでいたから。

「何それ」

ハルの声が低くなる。

「中絶しろというの?」

僕は目を閉じる。
今、言葉を発したら、目茶苦茶になりそうだ。

「じゃあ、なんで避妊しなかったの?」

グッと堪える。
握り拳を太腿に押し付けた。

「そんなひどい事、どうして言えるの?
透は医師、しかも小児科医でしょ?」

もう、我慢できない!

「母親が!」

声が思わず大きくなる。
ハルがビクッとする気配を感じて、僕は大きく深呼吸をした。

「そんなに不安定なら妊娠の継続は難しいと判断したからそう言ったんだ」

震える手を自分自身でギュッと握り締め、僕は顔を上げた。
ゆっくりとハルに視線を移す。

「僕は年子でもいいから出来るだけ早くに子供が欲しいと思っている。
でも、ハルが無理ならもういい。…凛一人だけでいい」

ハルの目からポロポロと涙か零れる。
いつもならすぐにフォローに入るけれど、今日は無理。

「ごめんね。
本当は妊娠する前にしっかりと話し合うべきだった。
僕は子供も大切だけど、この世で一番大切なのはハルなんだ」

だから辛いならもう、無理をする必要はない。

「だから今後は。
ハルが妊娠を望まないなら僕を拒否しても全然構わない。
それよりもハルの心も含めてハルを…失う事の方が拒否されるよりも怖いんだ」
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