夕月に笑むジョリー・ロジャー
第1章 終焉は始まりを連れて

ただ「  」だけのために

正直な話。
一体何処から運命で、何処から偶然──奇跡だったのかは、未だに良く分からない。

言えることは、唯一つ。


あの日の偶然は、私にとって、単なる偶然で終わらなかったっていうことだ。



* * * * *



鞄を肩へとかけた私は、もう一度キッチンへ足を運んだ。

カレンダー通りにゴミは出したし、ガスの元栓も閉まっていて、お湯の電源も切ってあって……
毎朝繰り返すそれを今日も変わらず済ませた後、無言で玄関へと向かう。

下駄箱から履き慣れた靴を取り出す際に、視界へと映った、残されている靴の種類で、家族の予定を理解した。
どうやら今日は両親揃って病院に行く日だったらしい。
平日なのに珍しいな、と、ぼんやりそんなことを考えながら、私もまた誰もいない自宅を後にした。


『朝希(あさき)』


そう名前を呼ぶ声が不意に耳元で蘇る。

両親が私の名前をまともに最後に呼んだのは、果たして何時のことだっただろう?
思い返してみようとしても、どうにも記憶が朧気で……それ以上に、遠すぎることもあるんだろう。

結局出てきた答えといえば、この数年間はない気がする、程度のものだった。
仕方ない。二人とも忙しいんだから。

さして深く考えず、私は思考を切り替えた。

予定されている時刻よりも、五分遅れてバスが来る。
これも、毎朝のことだ。

適当に乗り込んだ私は、ようやく一段落ついたところでスマホを鞄から取り出した。
どうせ今日も連絡は誰からもないだろう。
そんな予想は、今日は珍しく外れた。

『久し振り!』の言葉から始まる、絵文字付きで少し長めに書かれたそれは、高校時代に同じグループに所属していた女の子からの連絡だ。

『今朝、駅で丁度高校の仲間と会っちゃって。朝希は元気にしてるかなって話になってさ!』

そんな具合に、たわいない話題がいくらか続けられた後で、最後を締めくくっている一文がどうやら本題だったらしい。

『朝希も含めた皆で会おうって話になったんだけど、来週とか朝希は来れる?』

意外に近いな。それが素直な感想だった。
思わず指の動きが止めて考える。

ここ一、二週間、頻繁にお母さんは病院に行っていたはずだ。
顔を合わせることは希だったけど、あんまり具合が良さそうでもなかったし……

──『ちょっと難しいかも』。

お母さんに確認しなければ本当のところは分からないけど、ひとまずはそれで返しておくのが無難だろう。
……実際、そんなことを質問できる状態なのかも分からない。

お母さんの様子次第だな、と、私の中で一度完結したと思ったところで、再びスマホが短く震えた。
どうやら、向こうも丁度スマホをいじっていたらしい。

返事の内容は、なら仕方ない、集まるのはまた違う機会にしよう。
……簡潔に言えば、そんな感じのものだった。
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