夕月に笑むジョリー・ロジャー
「……この国は、貴方達が知っている童話のネバーランドとは違う」

ジェームス・マシュー・バリーが書いたのはあくまで"小説"。

史実を書いた本じゃないし──何よりあの人達は今この時も生きている。
それらが全て書かれている本なんて、存在しているはずがない。
いくつかの噂を基にして書かれた作り物語とは、人も、国も、異なっていて当然だ。

「ネバーランドは、そう……」

何時かにあの人が語った言葉を、少し借りるとするならば。


「まともな人間は一人もいない──実際に、存在する国なんだから」


夢じゃないし、作り物語の中でもない。
ここは確かに私の元いた世界とは異なる場所ではあるけれど、完全な夢の国でもない。
確かに何処かで繋がっていて……誰もが生きて、実在している国なんだ。

皆が生きてる。
そして、命を落とすことも、ある。

そのことをようやく実感できたんだろう。
同時に、命の危険に関しても察するものがあったのか。
私を連れて来たときの余裕に満ちた態度が嘘のように、一気に空気が入れ替わる。

「っ……渡り板だ! さっさと用意しろ!!」

船長の男が、さっきよりも幾らか青白くなった顔でもって、余裕なく仲間に怒鳴り散らす。

ここでリーダーが冷静さを欠いてしまえば、船員の方にも連鎖してしまうのに、そんなことに構っている暇はないのか、はたまたそこまで考えが及んでいないのか。
焦りが伝染したように、急いた様子で部下の人達が走り出す。
多分、準備をしに行ったんだろう。

渡り板──つまりは、死刑。
その準備をする為に。

「ガキ共か──母親か!」

苛立つ双眸に射抜かれて、唇を再び強く引き結びながら視線を真っ向から返す。
怖がっている、なんて思われたくなかったし、気圧されるわけにもいかなかった。

何せ今の私は掴まっている仲間達の中では一番の年上で、仮にも母親代わりを引き受けていて──何より信頼できる相手が、このネバーランドには確かにいるはずだったから。

「どっちでも良い──とっととブッ殺しちまえ!!」

荒々しく吐き出された台詞を聞いて、月並みとも言えるその文面に、ようやく余裕が戻ってくる。
いくらか落ち着いてきた私は、こっそりと溜息を吐き出した。

恐らくだけど、この場はきっとどうにかなる。
……明確な理由はないけれど、不思議とそんな確信があった。

だけど、問題は解決した後だ。

私にはまだまだやらなきゃいけないことがあって、その為には、出さなきゃいけない答えもあって。
けれどもその回答は、未だに霧の向こう側だ。


果たして私はこの先の未来で、答えを導き出せるのか。

……今度こそ、本当に大事な何かを、見付けることができるのか。


夕月夜が近付く中、揺らめく海賊旗に描かれている髑髏(しゃれこうべ)が、見上げた私に無言で笑いかけていた。
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