食わずぎらいがなおったら。

田代さんが何か声をかけて出て行って、休憩室に2人になる。

こっちは緊張してるのに、平内は自販機に向かいながらまるで普通に話しかけてきた。

「なにやってんの。帰るとこ?」

「うん。田代さんがいたから、もう帰ったらって言ってみたんだけど」

「ああ。今ちょっと色々あるからなあ、あの人。忙しいんじゃないかな」

そうなんだ。相変わらずよく知ってるね。



「余計なお世話なのわかってるけど、少しは早く帰ってあげたらいいのに。臨月なのに」

お姉ちゃんだって、健太の時、急に産気づいて大騒ぎになった。

でもわからないかもしれないな、平内にも。さすがにこういうのは。言ってもしょうがないかなって、なんとなくうつむく。




「健太のとこは?産まれた?」

あ、そんな話したね。夏祭りの時。

健太がタケルがどうのこうの言ってて、彼氏かとお父さん達が騒いでいるらしい。残念ながら、違うのよ。

「もう少し先。また女の子で、お姉ちゃんが喜んでる」

「大変だね、おばさん」

目を上げると、平内がにやっと笑ってる。久しぶりだ、こういうの。私も笑った。



「帰るね。平内も大変だね、遅くまで」

言って、振り向いてドアのほうへ向かった。

「俺も手伝ってるから、ちゃんと帰すよ」

さっさと追い抜い抜いて行く途中、すれ違いざまに頭にふわっと手を置きながら言われた。




さっき田代さんにだってぽんっと叩かれたし。別になんてことない仕草だけど。

もう。何気なく、触んないでよ。心臓に悪いよ。



こんなことで嬉しくなってるのを誰にも見つからないように、下を向いて急ぎ足で帰った。


< 53 / 85 >

この作品をシェア

pagetop