せめて、もう一度だけ
私の言葉に、諒の中で何かが切れてしまったのか、諒は遼くんのシャツをつかんで頬を殴った。


「遼くん!」


諒は、駆け寄る私を無理矢理引っ張ろうとした。


「やめて、離して!」


「仙台へ帰るぞ」


押し問答している私たちの間に、遼くんが割って入ってきた。


「美希子さんは妊娠してるんですよ、乱暴はしないでください。


僕を殴って気がすむなら、殴って構いません。


でも、美希子さんの気持ちを踏みにじるようなことをするのは、絶対に許さない」


「諒、暴力はやめてよ。


殴ったって、何の解決にもならないでしょ。


私は、そんな乱暴な人とは暮らせない。」


諒は、チッと舌打ちしながら、


「俺は諦めないからな。


また明日来るから」


バタン、とドアが閉まった。



私は力が抜けて、へなへなと座りこんでしまった。


「ミキ、だいじょうぶか?」


「私は平気、遼くんこそ痛かったでしょ」


「ミキに何もなくて良かった。


まあ、ダンナの気持ちもわかるよ。


俺もダンナの立場だったら、相手を殴らないと気がすまないかもしんねーし」


「明日、来るって言ってたね」


「俺、明日休もうか?」


「だいじょうぶだよ、一人では会わないから」


「絶対に出るなよ。


あとさ、やっぱダンナを『りょう』って呼ぶのは、気に入らないよな」


「ごめん、呼び方考える」



修羅場を越えて、日付も変わった。


ふたりで抱きあって眠った。



< 104 / 109 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop