巫部凛のパラドックス(旧作)
 どのように誘い、どのような言葉にするのか、色々思案していると、
「あれ? あなた」
 不意に背後から声がかけられた。咄嗟に振り向くと、そこには、巫部が立っているじゃないか。不意打ちもいいところだ、いきなりターゲットが目の前にいるんだからな。
「こんな所で会うなんて奇遇ね。なに? 生徒会室に来たの? ならこっちだけど」
 そう言って巫部は歩き出した。面食らってしまったが、良く考えろ、これは、もはや一世一代のチャンスと言っても過言ではないんじゃないか? 俺は、今までの人生の中で最大級の度胸を発揮せねば。
「あっ、あの……」
「何?」
「あっ、あのさ……」
「どうしたの? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
 巫部が前かがみになり、息がかかるほど目の前に顔がある。俺はと言えば相も変わらず挙動不審な犬のように狼狽えるだけであった。なんとか、巫部から視線を外そうと、階段の方を見ると、廊下の角からゆきねが顔だし、俺の様子を伺ってじゃないか。そんな、見られながら告白なんてできるかってんだ!
「あっ、あっ……」
 ついてには言葉ではなく、単語しか出なくなってしまう俺。だが、廊下の角からはゆきねが絶対零度並みの冷めた視線を向けているじ、たとえこの状況から脱せたとしてもその後が怖そうだ。ならば、ここで、一気に決めてしまうしかない。
 俺は、全身の勇気を振り絞り、腹筋に力を入れた。


「あっ、あの! 好きです! 付き合ってください」


 そう言って、体が直角になるほどに頭を下げた。

 そして数分、いや、何かを待っている時は数秒が数分にも数十分にも感じると言われているが、なるほど、言い得て妙だな。なんて、冷静に分析している場合じゃない。どのくらい時間がたったかわからないが、顔を上げてみる。まあ、時間にすると五秒くらいだったのかもしれないが、だが、そこには、
「…………」
 鳩が豆鉄砲でもくらったかのように呆けた巫部の顔があった。
「あっ、あのう……」
 恐る恐る声をかけてみる。
「はっ!」
 顔を覗き込もうとすると、巫部は我に返ったらしい。だが、未だ視線は宙を舞っていた。
「いっ、いきなりビックリさせるようなこと言ってごめん」
 とりあえず、反応を確認してみないとな。
「あっ、あっ……」
 やっとのことで巫部から言葉が発せられたが、何故だかその顔はみるみる上気していく。
「あっ、あんたは、何言ってんの!」
 そう言って、右ストレートが炸裂! いつぞやのように簡単に吹っ飛ばされる俺。
 何度か床を転がった後、壁にぶつかり止まるが、何故俺が殴られにゃならんのだ! 色々なところに強打したおかげか、体に力が入らないが、なんとか生まれたての小鹿のように立ち上がり、巫部の方を見上げると、そこには、蒸気でも噴出するんじゃないかと思うくらい真っ赤な顔をした巫部の姿。何がどうしたってんだ?
「ちょっと、いきなり何を言い出すのよ!」
 激しく叱責されるが、そんな赤い顔じゃ説得力がないぞ。
「いやいや、俺は心の内を言ったまでなんだが」
「ふん!」
 ついには、ソッポを向かれてしまった。
「一世一代の告白だったんだがな」
「そっ、そういうのは、もっとこう……ロマンチックに言いなさいよ!」
「はい?」
「こんな学校の廊下じゃなくて、そうねえ、夜景の見える公園とか、誰もいない海辺とか、あるでしょう」
 こいつは何を言ってるんだ?
「まったく、こんなんじゃ雰囲気もあったもんじゃない……」
 何やらブツブツ言っているが、その顔はまんざらでもないらしい。もしかして、脈があるとか?
「ところで、返事がまだなんだが」
 ここで、成功すれば元の世界に戻れるらしいので、俺は至って紳士的に制服に付いた埃を払いながら近づくと、
「ちょっと待ってよ。こんな事言われたの初めてなんだから……少し時間をくれる?」
「できれは早い方がいいかな。まあ、OKかNOかの二択だかと思うから、そのどちらかの返答でいいよ」
「……」
 巫部は俯いてしまった。
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