恋は理屈じゃない

私、副社長のことが……


速水副社長の手を借りながら、約束場所の湖畔に降り立つ。静かに波立つ水面は青く澄み渡り、都会では接することのできない自然の癒しを感じる。けれど時折吹く北風は冷たく、東京との気温差に身体が小さく震えた。

念のためコートを着てきたけれど、それでも寒い……。

かじかむ指先をこすり合わせていると、速水副社長に右手を掴まれる。

「冷たい手だな」

不意に速水副社長の体温を感じ、鼓動がトクンと跳ね上がる。

「手袋を持ってくればよかったです」

手を握られたくらいで恥ずかしがったら、また子供扱いされちゃう……。

そう思った私は、平静を装った。

「こうすれば手袋なんかいらないだろ?」

「……はい」

握られた手を引かれ、速水副社長のコートのポケットにふたりの手がすっぽりと収まる。

速水副社長が優しいのは、私がお姉ちゃんの妹だから。ずっとそう思ってきた。しかし彼は、もう別の人を好きになっている。

それなのに、どうして私に優しくするの? 速水副社長が好きになった人って、もしかして……。

狭いポケットの中で速水副社長の長い指が自分の指に絡まり合うのを感じながら、淡い期待に胸を膨らませた。

すると、背後から足音が聞こえてくる。ハッと我に返った私たちが絡めていた指を解いて振り返ると、そこには顔を強張らせた笠原さんの姿があった。

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