恋は理屈じゃない
「笠原が辞表を出せないというのなら、俺がグランドホテルの支配人に直接話をつけてもいいんだぞ?」
「いえ、自分のことは自分でケリをつけます」
速水副社長の煽るような言葉でようやく我に返った笠原さんは、お辞儀をすると足早にグランドホテルに向かった。
笠原さんが東京に戻ってくれることが決まり、ホッと胸をなで下ろす。速水副社長とふたりきりになった湖畔には、打ち寄せ戻る波音が響き渡った。
「俺が興信所に依頼して笠原の行方を探してもらった理由はふたつある」
「ふたつ?」
首を傾げる私に、速水副社長の手が伸びてくる。そして、その大きな手が私の頬を優しく包み込んだ。
「ひとつ目の理由は蘭を未婚の母にさせたくなかったからだ。そしてふたつ目の理由は、鞠花ちゃんを楽にさせてあげたかった」
「……っ!」
頬に触れる速水副社長の手の温もりが心地いい。普段よりも早く脈打つ鼓動を感じながら、彼を熱く見つめ返した。
湖を渡って吹いてくる風に、速水副社長の黒髪がふわりと揺れる。
「スイートルームで目眩を起しただろ? あの時の鞠花ちゃんは辛そうで見ていられなかったからな」
「……」
興信所を利用したのは、お姉ちゃんと私のため……。
私たち姉妹を思ってくれる速水副社長の優しさがうれしくて、胸がいっぱいになる。