仕様もない話



青春映画顔負けの、吐き気がするほど鮮やかな夕焼け空だった。期末テストの結果が最悪で、担任に「お前らしくないな」なんてため息を吐かれ、お前に僕の何がわかるんだと心の中でぼやきながらも、頭を下げて職員室を後にした。こんな結果を持って帰ったら両親に何を言われるかと思うと、なかなか校舎を出ることができなかった。

気がつくと、僕の足は靴箱とは真逆の方向へと向かっていた。校舎の端、普段は使われていない旧音楽室の横にある非常階段は立ち入り禁止になっていて、いつもなら絶対にそんなところへ行こうとは思わない。でもその時はただ、少しだけ一人になりたかった。しんと静まり返った廊下を歩いて、非常階段へと続くクリーム色の重い扉をそっと押して、二階の踊り場から三階へ。少しだけ。少しだけ腰をおろして、深呼吸をして、そうしたら家に帰ろう。心の準備をするだけ。ほんの少し休んだら、家に帰って、両親に謝って、それからまた必死に勉強しよう。

それがいけなかったのだ。

いつも通り真っ直ぐ家に帰ればよかった。少し弱音を吐きたくなって、一人きりになりたくなって、あんな場所に行ったのが間違いだった。踊り場の大きな窓から、吐きそうなほど鮮やかなオレンジが僕の足元まで這いずり込んできていた。夕焼けを纏いながら、狭い階段の隅に丸くなっていたのは彼女だった。

ふと目が合って、後悔した。

いつも通り、凛と真っ直ぐに向けられたその瞳には、今にも溢れだしそうなほどの涙が浮かんでいた。じっと僕を見るその目がひとつ瞬きをするたびに、夕陽に反射してきらきらと輝くしずくが、彼女の頬を伝って落ちた。


「………なに、」


最初に口を開いたのは彼女の方だった。短い呟きのあとで、僕はやっと、自分のしたことに気がついた。今でも、どうしてあんなことをしたのかわからない。気が付くと僕は自分のこの指で、彼女の頬を伝ったしずくを、そっと、そっと、拭っていたのだ。


「…ごめん」

「なんで謝るの」

「えっと、だから、勝手に触ってごめん」

「なにそれ」


変なの、と彼女は笑った。

そっと細められた瞳から、またひとつ、涙が溢れて落ちた。心臓が悲鳴をあげていた。どくんどくんと、身体中に何かが広がってゆく感覚に眩暈を覚えた。

あぁ、やってしまった。

混乱した頭の中で、ただそれだけを繰り返していた。僕はまるで金縛りにでもあったようにその場から動くことが出来ないまま、彼女の目をただじっと見つめることしかできなかった。


「ありがとう」

「……なにが」

「涙、拭いてくれてありがとう」

「…あぁ、うん。どういたしまして」


それから彼女はまたひとつ、変なの、と笑った。
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