スノー アンド アプリコット

で、なんやかんやと足止めをくらいながらも、ユキは本当に店の前までついてきた。

「…入んの?」
「ここまで来たら入るだろ。」
「…いいけど…」

それなら、とあたしは正面からユキを"ミリア"に連れて入った。
別に、同伴に不都合はない。ユキの金が店に入ってその何割かがあたしに回ってくるだけだ。

だけどそんな無駄金、もったいない。

なんて思っていたら、店の空気がおかしい。
静かなどよめきが広がっているのを肌で感じた。
なんのことはない、キャストから黒服まで、ユキを意識しているのだった。

「…あんた、本当に何者なのよ…」
「………」

ユキはフイッと目を逸らした。
黒服が一人飛んできて、ユキを案内しようとする…と、そこへ。

「あっれー? ユキくんに、杏奈ちゃん? 揃ってこんなとこにどうしたの?」

能天気な声が店に響いた。

顔をそちらに向ければ、一井がいた。
嘘みたいに女をはべらせ、ボトルを空け、上機嫌で飲んでいる。

「…あんたこんなとこで何してんの?」
「やだなあ、僕だって夜遊びくらいするよ、売れっ子シェフなんだから。あっ、コタツ使ってる?」
「てめえあんなデカいもん押しつけやがってふざけんなよ!」
「…あたし、着替えてくるから。」
「えっ?! 杏奈ちゃん、ここの子なの? あ、なるほどそれでユキくんが…」
「てめえここで俺をユキと呼ぶな。」
「へ、なんで? あ、じゃあとにかく指名変えするよ、一緒に飲もうよ。ごめんねありがとう、楽しかったよ。」

一井の一声で黒服がバタバタと用意を始め、キャストは渋々立ち上がって離れていく。
あたしはそれを尻目に、裏に回った。
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