興味があるなら恋をしよう−Ⅰ−
離れた距離ではあるけれど、あの上背…後ろ姿、それからスーツの色、何より声。…間違いない。
課長だ。

抱っこしていた女の子を下ろして手を繋いだ。はぁはぁしてる…。
何だか女の子、渋々歩いてる…。あ、でも、パパと言ってキャッキャッと喜んで歩き出したみたい…。パパ……パパ?

ドサッ。……終わった。
纏めて持っていたエコバッグとコンビニ袋が手から落ちた。

きっとお豆腐も卵も…。2割引で買った美味しそうな幕ノ内弁当も。野菜だって傷んだかも知れない。
コンビニスイーツだって…。容器にへばり付いたに違いない。

辛うじて頭を過ぎるのは、買い物した物の無惨な様子の想像だけ…。
彼女どころか…パパって……。子供が……居た。


…どのくらい経ったのだろう。

「あの〜、大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか?」

遥か遠い場所から聞こえた気がした。でもその声は至近距離からのもので、中々反応しない私は本気で心配された。

「大丈夫ですか?もしもし、聞こえてますか?もしも〜し、解ります?」

肩をトントン、トントンと軽く叩かれた。目の前で掌が行ったり来たりするのが解った。

……ハッ!え?

「あっ。はい。はい大丈夫です。何でもありません、大丈夫です。ごめんなさい、すみません。
…有難うございます」

近い…。顔が物凄く近かった。

「ずっと動かないからさ…。あ〜良かった…。大丈夫なんですね?
しかし…、立ったまま動かない人なんて、居るんだ。初めて出会いましたよ。アハハハ。
あ…すみません。何だかよく解りませんが事情があるんですよね、状況からして多分不謹慎ですよね、笑ったりして。
でも、こんな事あるんですね。アハハハ。あ、…ごめんなさい。本当に何もなくて良かった」

…。

確かに。どこの誰だか解らない通りすがりの人に、私の心情を察して欲しいと言ったところで無理な話だろうけど。…そんなに笑わなくてもいいんじゃない?……フ…きっと滑稽に見えたのよね…。そりゃそうよね、固まってたみたいだから。そんな人間、滅多に出くわさないもんね。そうよね…フ…フフフ。
そんなに無邪気に…屈託無く笑われたら、何だか私まで可笑しくなって来たじゃない。

「フフフ」

「…すみません、何だか。はい、これ。あ゙ー…、中はだいぶ悲惨な事になってるみたいですが。
汚れた訳では無いですし。上にあったから、卵は助かってるみたいですよ?
大丈夫そうです、はい」

どうぞって、袋を手に持たせてくれた。

「しっかり握ってくださいね。離しますよ?もう一度落としたら、今度こそ卵、アウトですよ?では」

…。あ、…。お礼も言えなかった。まだ、どこかぼーっとしていた。卵、無事だったんだ…。
…あ、これがもしかして思いがけない出会い?
どっち?
……課長?それとも今の人?どっちも違うの?

そもそも思いがけない出会いって、良い出会い?悪い出会い?
どっちの事なの?
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