bug!
「……え、ここ?」

私は呆然と立ちすくむ。

「はい! 早く入りましょう!」

「え、でも、ここ……」

「桜子さん、早く早く!」

「あー、でも……待って。そんなの急に言われても……」

「なーに言ってるんですか!」

「待って、待って!……心の準備が……」

「早く! 入りましょう!」

遠足にでかけるみたいにテンションの高い晴と、電車を二本乗り換えて、到着したのは。

『自然史博物館 昆虫館』

歴史を感じさせる石造りの建物の前には、大きな一枚岩があり、そこに掘られた文字はそう書かれている。

昨日寝れなかったのも、朝からテンションが高かったのも、ここに来るのがただ単に楽しみで仕方がなかったかららしい。

これじゃあ、ほんとに小学生の遠足じゃないか。

隣の晴をちらりと見ると、さっき券売機で買ってきた入場券を握りしめて、にこにことしながら私を見ている。

私が虫が大好きだと信じて疑わない、そんな晴の瞳をしばらく見てから、もう一度、博物館に目をやる。

一見したところ、まるで美術館みたいなずっしりと重厚な建物は、緑のつたがはっている。

石の建物の奥には、なにかわからないけれど、ガラス張りの温室のようなものも見える。

建物のいりぐちには私と同じくらいの大きさのカブトムシのオブジェがあり、幸いそれはデフォルメされていて、とてもかわいらしいものだったけれど、中に入るとこういうものがたくさんあるのだろうな、と思った。

もう一度、晴を見ると、晴は「まだ行かないの?」とでも言いたげな顔で私を見ていた。

「ここ、もしかして来たことありましたか?」

晴が心配そうに私に尋ねた、その一言で私は覚悟を決める。

「ううん。初めて。行こうか」

「はい!」と短く返事をして、受付に向かって弾むように歩いていく晴のぴょこんとはねた髪を斜め後ろから見ながら、私は大人しく着いていく。

あんな心配そうな顔をされるなら。
あんな嬉しそうな顔をしてくれるなら。

昆虫館くらい、入ってあげる。




< 37 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop