夢を忘れた眠り姫
その後再び自室へと向かい、先ほどお供えしたご飯を手に取ってキッチンに戻った。

仏様にお供えした食物は長時間放置せず、数分ほどで下げていただくのが作法らしいので、私は二人に朝一番にお供えしたご飯をその後自分の朝食にしていた。

そして申し訳ないけど、お線香を焚くのは省略させてもらっている。

バタバタと慌ただしく動き回っているうちに、うっかり倒しでもしたら大変だからだ。

私って結構色々やらかすので、その点二人も納得してくれるだろう。

ご飯に先ほどの納豆ちゃんをかけ、お茶と共にダイニングテーブルまで運び、席に腰掛け「いただきます」と唱えたあと、もそもそと食していると、貴志さんの部屋の方から物音がし、間を置かずにリビングのドアが開かれた。


「あ」


同時にポツリと響く声。


「そっか、今日からいるんだっけ…」

「おはようございま…」


挨拶を口にしつつ振り向いた私は、しかし、言葉の途中でフリーズした。

戸口に見知らぬイケメンさんが立っていたからだ。

いや。
この305号室に他の男性がいる訳がないし、先ほど耳に届いた声はバリバリ聞き覚えのあるものなのだから、視覚が捉えているのは間違いなく貴志さんなのだろうけど。

しかしそのビジュアルが、私の知る「きしまもる」ではなかったのである。

まず彼の最大のトレードマークである黒縁眼鏡が外されていた。
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