雫に溺れて甘く香る
雨降りの無礼者
*****



今日は散々だった。

アポイント取っていたはずの顧客は急の出張とかでドタキャンするし。仕方なく事務処理していたら、部長にブツブツ文句言われるし。

切りのいいところで事務処理を終わらせて、お得意様巡りして、嫌みったらしい顧客に愛想笑いで堪え忍び、帰社する予定が雨に降られた。

これでも営業ですもの。折り畳み傘くらいはもっていた。

でも、その傘まで風で壊れちゃうし。

とりあえず、カフェバーっぽい店先に避難して、ザーザーと降りしきる雨を見上げる。

「……最悪」

私でも、些細な不幸にたまに落ち込む時もある。


……春先の雨って冷たくて嫌い。


溜め息をつきながら、ハンカチでスーツの水滴を拭って、すっかり濡れた髪をかきあげた。

ここからなら、家にも近いし……このまま直帰しちゃおうかな。

時計を見ると17時は過ぎているし、それでも構わないと思う。

スマホを取り出すと、会社に連絡して予定を伝える。事務所の子にそれこそ事務的に対応された。


……営業部の事務なんだから、もう少し柔らかい対応をって望むのはダメなのかな。

あー……もう、本当についてない。コンビニで傘を買ってさっさと帰ろう。


そう思った時、お店のドアが開いて中から男の人が出てくる。

シンプルな白いシャツに、黒いギャルソン風のエプロンとパンツ。

メニューらしきが書かれた黒板を持って、その人は私を無言で見下ろした。
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