海に溶けて、そうして

人魚、といってもヒレが付いてる訳じゃない。
ちょっとしたおまじないで、ちゃんと人間の姿になっている。

けれど、人魚にとって命である水は定期的に摂取しなきゃいけなくて……。

入学式だけでカラカラに渇いてしまった体は、水を見た瞬間飛び出してしまった。

あぁ、こんなつもりじゃなかったのに……!

気持ち良いのと後悔とで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

腰まである髪が水を吸って、ふんわり膨らみ始めて、慌ててつかんで絞りはじめた。

人魚の髪はなぜか、水分を含むと少し膨らんでしまうんだ。それをみんなが知っているとは思わないけれど、変に見えてしまうのに変わりはない。

無心で、ぎゅうぎゅう絞って。

女の子たちの「なにあれー?」「うわー変なのがいる」なんて声に耳を傾けないよう、うつむいてぱちゃぱちゃと水をかき混ぜた。

みんなと友達に、なりたかったのだけれど。

一度変だと思われたら、仲良くなるのは難しいってお母さんから聞いていたから、余計に悲しかった。

前髪からぽたぽたと雫が落ちて、まるで泣いてるみたい。

ぎゅ、と髪を絞る手に力を込めたとき、ふいに男の子の声が聞こえた。


「あぁ?なんだ、なんの騒ぎだよ」


キャーッと黄色い声が上がる。


男の子の声が、かっこよくて。

……ほんの少しだけ気になって。









こっそり、少しだけ、顔を上げてみた。



その時にはもう、彼が目の前にいたんだ。




──あ、一目惚れってこんなのかな、……って。





ちょっと長めの黒髪を軽く流したスタイル。

制服は白いシャツに緩いネクタイを引っ掛けて、袖をまくってる。

睨むような目つきだけど、顔はすごくかっこよくて。

フン、って顎を上げる仕草も様になっていて、思わずじっと見つめてしまった。


「何見てんだよ、ずぶ濡れ女」


話し掛けられて、心臓が跳ねた。

緊張して、息が詰まって、

でもそれを、君に知られないように抑えて。

混乱する頭で必死に、なんとか口を開く。




「あ、えっと、えっと……、……こんにちは?」


初めてのあいさつは、ずぶ濡れだし混乱してるしで上手く笑えなくて、どうにも格好がつかないものだった。

……ちょっと、恥ずかしいなぁ。

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