あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。


綾音が出勤してきたのは、昼休みを知らせるチャイムが鳴って、フロア内の人が捌けたときだった。

俺はデスクで、コンビニで買ったパンを食べていた。
外食に誘われたが、この時間に綾音が来るかもしれないと、断ったのだ。

「井上主任、お疲れ様です。今日はデスクでお昼なんですね」

皆、外食や食堂に出払っていたから、部内は俺たちだけだったが、彼女は俺を役職名で呼んだ。

会社に入れば、上司と部下。
綾音のなかでは、しっかりけじめをつけているらしい。

「来たか。どうだった?」

ふたりだけなのをいいことに、夫婦の会話をする。

「順調です。元気な心音が聴けました」

お腹に手をやり、ニコッと微笑む綾音が可愛らしい。

「そうか。それは何より」

俺も実は一緒に行きたかったとか、恥ずかしくて素直に言えない。
だけど、そんな彼女は俺の心を読み取る力でもあるのか、ニコリと微笑んだ。

「次の検診は土曜日に取れました。良かったら、一緒に行っていただけませんか?」

まさかの嬉しい提案に、俺は目を見開く。

行きたい!と素直に言えない俺はコホンと咳払いを一つしてから言った。

「土曜日なら都合がつく。父親ならちゃんと行くべきだしな」

あー父親の責任うんぬんじゃなくて、俺が行きたいんだって。

思いと言葉が一致しない自分に少し苦笑する。

「それは心強いです」

綾音はきっと、そんな素直じゃない俺のことをわかっているから、全てを包み込むような優しい微笑みを浮かべた。

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