偽りの姫は安らかな眠りを所望する
階段を何往復もしてヘルゼント家の小屋から持ってきた荷物を自室に運ぶと、どっと疲れが出る。ティアの小さな部屋を占領してしまった木箱に寄りかかって座り込んだ。

丸一日以上、館での仕事を休んでしまったのだ。早く戻らななければと気は焦るが、どうにも身体が重い。

なにか疲れの取れるような香りを嗅ごう。荷を漁ろうとして、前掛けのポケットに入れっ放しにしていた小瓶を思い出した。

厳重に封されているのが気に掛かるが、マールがそんな危険なものを持っていたとは思えない。
恐怖や不安よりも、香薬師としての好奇心が勝ったティアは、ゆっくりと慎重に小瓶の封を解いた。

小さな蓋を取るとすぐに広がった香りに、ティアは目を瞬かせる。瓶の口に鼻を近づけ手で扇いでみても間違いない。
何度確認しても変わることのないそれは、白薔薇館の周りに漂う薔薇の香りと同じもの。

どうしてそれがあの小屋に隠されるようにしてあったのだろうか。マールは幾種類もの薔薇の精油を揃えていたが、そのどれとも違う。

ただ甘いだけではないその香りが、どんな薔薇から作られたものなのかと気に掛かる。

ティアは手のひらに収まってしまう小さな瓶をそっと両手で包み、同じ香りを連れてくる風が入ってくる窓の外を眺めやった。
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