偽りの姫は安らかな眠りを所望する
いつも通りの仕事に戻ったティアを、白薔薇館の皆は特に変わることなく受け入れた。
フィリスが終日男子の格好でいる姿を目にした彼らは、ティアが主の秘密を知ったと察しているようだ。だが、その経緯を興味本位に訊いてくるものはいない。

ただでさえ人手はギリギリで回している。それぞれに課せられた仕事で忙しいというのが本音なのかも知れないが、ティアにとってはその方が気が楽だった。

あの日以降、前にも増して私室から出てこなくなったフィリスの理由をティアに訊かれても、なんと応えていいのかもわからない。

毎朝、前日の夜に用意した香茶のワゴンが、そのままフィリスの部屋の前に放置されているのを片づけるたびに、どうしようもないやるせなさが募る。
カーラに運んでもらっても同じだったと聞かされ、「気まぐれなお方ですから」と微苦笑で慰められても、曖昧に頷くことしかできなかった。


そんな状態で、ティアはフィリスと言葉を交わすどころか、顔さえ会わさないような日々が数日続く。

季節は少しずつ、だが確実に移ろっていることを感じられるようになった朝。朝食の支度をしながら、バリーが珍しくため息を吐いていた。

「どうかしましたか?」

今回も手付かずになるだろう香茶の準備をしながらティアが尋ねると、食器を用意していたデラが肩を竦める。

「ここのところ、フィリス様の食欲がガクッと落ちてらして。熱い日が続いたせいかねえ。夏の疲れが出始める頃だから」

なにか精の出るものを、と相談し始めるモートン夫婦に若干の申し訳なさを覚えながら、ティアは棚に並べた香草の壺や瓶に目をやった。
空になりかけているものもある。ヘルゼント邸から帰るときに、ジェフリーから頼まれた香草も採りに行きたい。それにフィリスの体調も気になる。

ティアは午前中にあらかたの仕事を終わらせると、カーラたちに断りを入れて香草摘みに出ることにした。

「何度も出掛けてすみません」

先日の一件といい、他の者に甘えてばかりいるような状況にティアが頭を下げるが、「それも仕事のうち」とまたしても快く送り出されてしまう。

皆の厚意に応えるためにも、たくさんの香草を採って帰らなければ。そんな使命感に駆られて、ティアは緑豊かな湖畔へと向かった。
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