偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* 忘れられた王女
* 忘れられた王女

この季節は水が温み、比較的洗濯が楽に感じる。
だがその代わりに汗などで汚れ物も増えるから、結局はいってこいかもしれない。
どちらにせよ、ティアが任される仕事の中でも、重労働に入ることには違いなかった。

一心不乱に手を動かしていれば余計なことも考えないですむのだろうが、白薔薇館に来て二十日ほど経つと、この館が伯爵邸よりさらに緩い気質なのだと気づき始めている。
徐々に気が弛み、愚痴のひとつも零したくなってくるというものだ。

「フィリス様って、無口なんですね」

ぼそりと呟いたティアに、並んで洗濯物をごしごしと洗っていたコニーが、はたと手を止めた。

「そう? たしかにあまり口数の多い方ではないけれど。衣裳の採寸のときなんか、結構ご自分の好みを仰ったりするわよ」
「そうなんですか? あ、昨日着ていらしたのも、コニーさんが縫ったんですよね。とっても素敵でした」

ティアには都の流行はわからないが、窮屈に身体を締め付けるものではなく、贅沢に布地を使い緩やかな線を描き、胸元や腰には特に多めにひだを寄せてあって、非常に優雅なものだった。
あんなに豪華な服をそつなく着こなせるのは、やはり生まれながらの姫君なのだと、失礼ながら感心したくらいだ。

「でも、ちょっとこれからの季節には暑そうじゃないですか?」

ヘルゼント領は北国のクレトリアでも比較的南に位置する。真夏ともなれば、それなりに暑い日が続いたりもするが、姫の身に着ける服は、どれも首が詰まり全身を包むものばかりだ。
高貴な未婚女性の肌の露出が好まれないとしても、ティアには少々暑苦しく思えた。

「あ~、でもほら。腕のところとか肩の部分にレースや紗を使ってあるから、少しは涼しそうでしょう?」

コニーの意見にもティアの表情は浮かない。

「……まだお身体の具合がよろしくないのでしょうか? よく喉を擦っていらっしゃいますし」

フィリスは食事やお茶の時間以外はほとんど姿を見せず、部屋に閉じこもっているようだ。
一度しっかり診させて欲しいとカーラを通じて頼んでみたのだが、いまだ実現できていない。

ティアは、自分の存在を無視されているのではないか、と日に日に被害妄想じみた考えを膨らませていた。
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