君に捧ぐ、一枝の桜花
「おい」
「うーん・・」
「起きよっ!」

明は怒鳴り声と共にむくりと起き上がった。

「あ」

ぼーとする視界に直衣姿の少年を確認する否や、ぱあと目を輝かせた。

「吉野だ!こんにちは、吉野」

吉野の訪問に明は嬉しそうだ。それに比べて吉野は腕を組んで、不機嫌そうにそっぽを向いている。

「そこに立っていないでここに座りなよ」

ぽんぽんとベッドを叩く明。しぶしぶ吉野はそこに座った。

「身体はもういいのか?」

明は目を細めて窓辺へと視線をやった。

「雨、止まないね」

外を見れば、灰色の雲が空を覆って小雨が降っている。そんな雲を見ているだけでも、憂鬱な気分になってしまいそうだ。吉野はふとベッドの傍らに車椅子が置いてあるのに気が付いた。この間まで無かったモノに思わず、目を伏せてしまう。

「吉野は梅雨が嫌い?」
「・・そんなくだらぬ事を考えたことなどない」
「そうだ、吉野って桜の木の精霊なんだよね?」
「ああ」
「とても綺麗なんだろうね。ここら辺に植えられた樹
齢五十年にも満たない桜木より、樹齢何百年の桜木の方が綺麗でしょ?」
「それは個人の好みだろう。我がどうこう申す事ではない」
「僕は樹齢を重ねた方が綺麗だと思うんだけどなあ・・だってさ」

明は吉野の直衣の袖を掴んで、くんくんと鼻を当てて香りを嗅ぐ。突然のことにしばらく吉野は反応出来ずにいた。

「何を・・」

ぐいっと袖を明の手から奪い返す。

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