壊れるほど抱きしめて
一夜の過ち



「坂木くん、小春の事頼んでいい?確かアパート同じだったよね?じゃあお願いね!」


「あぁ……」


「ごめんね、坂木くんに迷惑かけちゃって……えへへ」


「……別に」


私の名前は望月 小春(もちずきこはる)。
今から一緒に帰る坂木聖也(さかきせいや)くんとは同じ工場で働く同期。
そして偶然にも、私が一ヶ月前に引っ越したアパートのお隣さんが坂木くんだった。
挨拶に行った時に坂木くんが居て驚いたのを覚えている。
そんな私を見ても、坂木くんは顔色一つ変えなかったけど。


坂木くんは普段は無口であまり喋らない。
こうして飲み会があれば参加はするが、人と楽しく笑って話してるのを見たことがない。
話しかけられたりすれば返事はするが、会話が続かないのだ。


クールな坂木くんは、二重瞼に顔も整っていて、背も高いしイケメンだ。
だが坂木くんがクール過ぎて、顔はいいけど会話が続かないのは嫌だと言って、坂木くんを狙っていた人達は尽く諦めていった。


私が働いているのは、大手自動車メーカーの下請の工場だ。
元々、恥ずかしがりやな私はサービス業なんかには向いていない。
高卒で就職が出来た事は、私には有り難い事だった。


もちろん進学も考えたが、小学生の時に父を交通事故で亡くし、母子家庭の私は就職を選んだ。
不幸な事に一つ年上の姉も、高三の夏に交通事故で亡くなった。
お母さんが頑張って働いてくれて、高校に行けただけでも感謝している。


だから私は進学はせずに就職を選んだ。


坂木くんとは同期で、働いて三年目の私達は去年にはお酒を飲める年齢になり、今日みたいに飲み会があるとお酒を飲まされるようになった。
今日に限って沢山飲まされたせいか歩くだけでもフラフラしてしまう。


だから同じアパートに住む坂木くんに、帰りが一緒だから送ってもらう事になった。


相変わらずクールだし、笑わないけど。


何を話していいのかも分からず無言で二人で歩いたが、坂木くんは私のペースに合わせて歩いてくれているのがわかり、本当は凄く優しい人なんだと思うと少し嬉しくなった。




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