恋は人を変えるという(短編集)
桐さんは夕飯の支度を終えたようで、エプロンを外しながら「今日は肉じゃがだよ」と笑顔でこたつにやって来た。キッチンからは良い香りが漂ってきていて、それを嗅いだらやたらとお腹が空いてしまった。さっきまではどうしようもないくらい悲しくて、苦しくて、悔しくて、大号泣だったというのに。身体はやっぱり正直だ。
「お兄ちゃんから、わたしのことどれくらい聞いてたんですか?」
桐さんの横顔を見ながらふとそんな質問をしてみたら、桐さんはこてんと首を傾げて苦笑した。こてんと首を傾げるのはお兄ちゃんの癖だ。それが移るくらい一緒にいるということか。
「名前と年齢を聞いたくらいだよ」
「それだけでよくわたしが妹だって分かりましたね」
「柊さんが浮気して部屋に浮気相手が訪ねて来るなんて、想像できないからね」
「確かに。お兄ちゃんモテないし……」
「優しい人なのに、無口と無表情が足を引っ張ってるよね」
「昔からああですよ」
「うん、この間昔の写真見せられてびっくりした。どうしてこの子はこんなに無表情なんだろうって」
「二十五年妹やってますが、まだお兄ちゃんが何を考えているのか分かりません」
桐さんと顔を見合わせて、ぷっとふき出しながらふたりで笑った。あははははと声を出して、大笑いだった。こんなに大笑いしたのは凄く久しぶりのような気がした。
この大笑いで打ち解けて、桐さんと色々な話をした。
お兄ちゃんとの出会いは去年の十月、人数合わせで行った合コンだったらしい。無口で無表情なお兄ちゃんが合コンなんて行くのかと驚いていたら、お兄ちゃんも桐さんもただの人数合わせだったそうだ。偶然同じアパートに住んでいて、仕事も近かったことから始まった付き合いだという。なるほど、同じアパートでこんな風にしょっちゅう部屋に来ているから半同棲か。
でも「つい先月までお互いの名字や生年月日を知らなかったの」と桐さんは笑った。そういう基本情報は付き合う前に交換するものだと思い込んでいたけれど、例外もあるみたいだ。まあきっと、無口で無表情のお兄ちゃんとその彼女だからこそだろう。