雨音の周波数
 ビルの地下にあるお店に入るのは昔から少し苦手だった。階段を一段一段降りていくと、ここであっているのかなと不安になるから。

 持たなくていい不安を持ちながら階段を下っていく。『Bar grass』という看板が目に入り、間違ってなかったと思う。ドアを開けて中に入ると、カウンターに佐久間さんが座っていた。

「佐久間さん、お待たせしました」
「向こうの二人席に移動しようか」

 お店の隅にある席で、壁にテーブルがくっついている。私たちは向かい合わせに座った。

「さて、なに食べる?」

 目の前に差し出されてメニューを見る。バーだからメニューの種類は多くない。でも、ドライカレー、グラタンなどがあった。

 私はドライカレー、佐久間さんはエビグラタン、そして赤ワインとバーニャ・カウダを頼んだ。ワインとバーニャ・カウダが先にテーブルに運ばれてきた。

「今日も一日お疲れ様でした」

 佐久間さんがワイングラスを目の高さに軽く上げ、私も同じように「お疲れ様です」と言ってグラスを少し上げた。

「私、あんまりバーって来たことがなくて、ものすごくムーディーなお店を想像していたんですけど、意外とシックな感じで安心しました」
「ムーディーって。小野って言葉の選び方がちょっと面白いときがあるよね」
「そうですか?」
「やっぱり無意識か。放送作家としては羨ましい才能だよ」
「よくわからないです。このワイン美味しいですね。明日休みなら、三、四杯飲みたいです」

< 67 / 79 >

この作品をシェア

pagetop