雨音の周波数
 文体とラジオネームで圭吾だろうと思った。アドレスを確認すると"0422xkeigo"というアドレスではなくなっていた。適当なアルファベットと数字の羅列になっている。

 圭吾が消えたと思った。高校生の頃の圭吾はこんな思いをしていたのだろうか。呆然とし、動けなくなる感じを。

「小野さん、どうかしましたか? 少し目が赤いみたいですけど」

 夏川さんの言葉で瞬きをした。目の奥が少し熱い。あと少しで涙を流していたかもしれない。危なかった。

「コンタクトかな? 今、ちょっと乾燥してるみたい」
「ああ、それ痛いですよね」

 よくある嘘で誤魔化した。コンタクトレンズを使っているのは本当だし、水分量の説明が違うだけ。本当のように聞こえる嘘は真実と偽物を混ぜることだ。

 こんなところで放送作家としての力を発揮してしまう自分が悲しかった。職場で昔の恋に潰されそうになっているなんてあってはならない。

 圭吾からのメールをもう一度読み、Deleteキーを押した。このメールを削除しますか? というポップが現れ、Enterキーを押す。消してしまった。そんな思いが駆け巡る。自分が選んだこと、これでいい。

 残りのメールを確認してからパソコンの電源を切った。

 時計を見ると、佐久間さんとの待ち合わせ場所に向かうのにちょうどいい時間だった。ラジオ局を出て駅へ向かった。

 佐久間さんが言っていたバーは駅から少し離れたところにあるビルの地下二階にあった。

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