あなたを守りたい
 ビルに入ると、いつもなら受付の掃除をしている彼女の姿が無い。
 おかしいな。
 やっぱり休んだのかな?

「おはようございます」
「遅いぞ、黒沢」
「すみません」

 いつも遅刻ギリギリの金子さんがいた。
 慌てて時計を見たが、まだ始業15分前だ。
 いつもより遅いのは確かだけど、遅刻ギリギリというほどでもない。

「金子さん、今日は早いですね」
「会議の資料を整理してなかったからな」
「へぇー」
「何だよ、そのへぇーは」
「いえ別に」
「どうせ、柄にも無い事をしてって思ってるんだろ?」
「ちょこっと」
「ったく・・・。それはそうと、今朝の千春ちゃん、ちょっと様子がおかしいんだ」
「えっ? 藤井さん、来てるんですか?」
「ああ。でも何でそんな事聞く?」
「いえ、その、受付を掃除してる姿が無かったものですから」
「何か、妙にビクビクしちゃってさ、俺が声掛けてもいつもの笑顔じゃなかったし」
「そ、そうなんですか」
「・・・て、お前も挙動不審だな」
「そんな事無いですよ」
「そうか?」
「はい。全然」

 金子さんはそれ以上追及しては来なかったけど、僕の様子がおかしいのはバレバレだ。
 僕は人に嘘をつくのは苦手。
 嘘も方便ってことさえ出来ない。
 いや、一応その場の空気に合わせて嘘を付くけど、顔がついていかない。
 ぎこちなさがしっかり張り付いている。

 9時から10時まで会議室にこもっていた僕達は、事務所に戻るとまたすぐに外回りに出掛けた。
 事務所を出る時に、ちらっと彼女の姿が見えたものの、会話する余裕は無くそのまま出掛けた。
 
 車に乗っている間、ずっと彼女の顔がちらついた。
 不安げな彼女の眼差し。
 本当は、ずっと傍にいて抱きしめてあげたい。
 口では大丈夫だと言っても、夕べの事は心に大きな傷を残したはずだ。
 幸い発見が早くて大事には至らなかったけど、そのショックは男には計り知れない。
 彼女の事は諦めよう。
 そう思っていたはずなのに、このまま彼女を放っておく事はどうしても出来ない。
 僕はどうすべきなのだろうか。
 
 
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