恋凪らせん



洋太との出会いも王道中の王道だった。合コン、意気投合、抜けがけ、お持ち帰りの一連の流れをはずすことなく踏襲した。お持ち帰りの意識がどちらにあったか定かではないけれど、結局なるようになってそのままつき合ったのだから、とりあえず恋が始まったと言っていいのだろう。

外資系会社の有望株、母親がイギリス出身のハーフ、誰にでも優しくあたしには更に優しい。女どころか男まで振り返るような整った容貌の洋太はあたしの自慢だった。
たまに「可愛い」と言われても、決して「美人」とは評されないこのあたしが、彼のような恋人を手に入れられたことがどうしようもなく誇らしかった。

それまでの冴えない人生は、この最大の喜びのための布石だったとさえ思えた。浮かれてはしゃいで、尽くして縛って、あたしはいつの間にか恐ろしく重い女になっていた。

『いつ会える? 週末まで待てない』
『ねえ友だちに会ってくれるよね? 予定入れたから』
『ごはんつくりに行くね。もういっそ同棲しようよ』
『どうして既読無視なんて酷いことできるの? すぐ返せないの?』
『あたし、洋太がいなくちゃ生きていけないんだからね』

そのときは自分の言動の歪みにまったく気づけなかった。次第に冷たくなっていく洋太の態度に、ようやく自分を顧みたときにはすべてが遅かった。

彼があたしを見る目にもう愛情は一欠片もなかった。気遣いなどまるでない口調で「別れよう」と淡々と告げられて、あたしは悲鳴を上げた。
何度も話し合った。洋太に会いたい一心だけで別れ話を引き伸ばしていたら、彼に土下座された。「頼むから別れてくれ」と懇願されるに至ってもうどうやっても修復不可能なんだと思い知り、あたしは泣く泣く彼との別れを受け入れたのだった。

心に穴どころか全身が黒い穴に喰い尽くされたように、あたしは自分を失くしていた。本質を見失い、世界を見失い、未来を見失う。



彷徨いかけたあたしを繋ぎ止めたのが「嘘」だった。




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