恋凪らせん



他力本願は重々承知で考える。
あんなふうにあたしを糾弾してくれる人がいないだろうか。

『ホントは彼なんかいないんでしょ?』

誰かがそう言って問い詰めてくれたら、あたしはもう観念して広げるだけ広げた嘘をたたんで抱えて大泣きするのに。
自分のせいでとっくに別れたくせに見栄張ってずっと嘘ついてましたって言ってしまえると思う。でも稚拙なはずのあたしの嘘は何故か見破られなくて、どんどん自分の首を締めていく。がんじがらめになっていく。

タクシーが大きくカーブを曲がった。あたしは左肩を車のドアにぎゅっと押しつけた。二の腕に伝わったガラスの冷たさにぞくりとする。
溜息がガラスを白くくもらせた。車窓を流れる夜景がそこだけ滲み、あたしは手のひらでガラスを無造作に拭う。けれど視界は滲んでぼやけたままだ。
瞬きをすると涙が目の際にたまった。泣くくらいなら嘘なんてやめればいいだけなのに、自分がつくり上げた虚構からどうしても抜けられない。
自己嫌悪を抱えて歩く偽物の世界から逃げることがどうしてもできない。

指先で目尻をなぞると冷たくなった涙が心の温度を下げた。冷えた指を握り込み肩を縮めたとき、タクシーがゆっくりと路肩に停車した。あたしのアパートの前だ。
二階の角部屋。カーテンが開いたままの窓を見上げる。部屋は暗い。空気は動かず、ぬくもりは遠い。

あの部屋は孤独の領分だ。洋太との思い出も孤独に浸食されている。あたしも、あたしも嘘も、孤独に喰われてしまえばいい。あとかたもなくなったら、あたしは生まれ変われるだろうか。嘘なんかつかなくてもいい選択肢を岐路ごとに選んで生きられるだろうか。


思考があちらこちらに飛ぶ。とりとめも脈絡もない、散らかりきった思考が頭の中にひしめき合う。
ドアが開いても動かないあたしを、運転手が怪訝そうに振り返った。「着きましたけど?」と不審そうに声をかけられ、あたしは慌てて身を起こす。急いで財布を出して料金を支払い、重い溜息を車内に残してあたしはタクシーを降りた。



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