よるのむこうに

そもそも私がお荷物ならつれてこなきゃいいじゃないの!私だって別に、……そりゃ渡辺拓哉を生で見られたのは嬉しいけど……でもべつに人の仕事についていく趣味はない。



口を尖らせたまま無言で天馬についていくと、少し広いロビーに出た。

そこでは少しこじゃれたソファに彰久君と、そしてメガネの中年男性が向き合って座っている。
彼らはすでに何か仕事の話を進めているようだった。私はまた遅刻してしまったのか、と思わず壁掛け時計を確認してしまった。

「天馬」

彰久君は軽く手を上げて天馬に合図を送り、そして隣でふてくされている私を見ておや、と眉をあげた。恐らく私が今日ここに同行する事を聞いていなかったのだろう。しかし、慣れたもので私を手招きして隣に立たせた。

「君はこっちね。
……すみません、この子はうちの新人で小森といいます。研修中なので同行させていいですか。
小森、こちらプロデューサーの立花さん」

「よろしくお願いします、勉強させていただきます」


こんな適当でいいのかと思いながら、私は自分の頭の中でイメージした『芸能事務所に就職したマネージャー(研修中)』のふりをした。
立花プロデューサーは私のいかにも地味な姿をちらっと見ると、後はもう私への興味はなくなったらしく、彰久君に笑顔を向けた。

「ああ、そういうことね。その年で社員を抱えるか。やり手だねえ彰久君。まだ24、5歳だろ?」
「いえいえ、まだまだ小さい会社です」

彰久君はさっさと私の存在を認めさせてしまう。天馬に同行することが増えてだんだんわかってきたけれど、雑誌の撮影だとかテレビ番組の製作現場には私以外にも『研修中』『見学』『付き人』という人たちがよく出入りしている。

芸能人自身もその引き連れてくるスタッフもともに入れ替わりの激しい世界なので、本当に研修や付き人として来ている人も多いが、ただ単に芸能人が見たいだけという動機だけで薄い縁を頼って現場にもぐりこむ人もいるようだ。

そこへ、若い小太りの男の人が走ってきて、プロデューサーに耳打ちした。
プロデューサーはそれを受けて天馬に支持を出した。

「樋川選手の車が到着したって。早速で悪いんだけどスタンバイしてくれる。すぐに衣装に着替えていつでも出られるように」

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